2011年2月17日
白樺山か、目国内岳か。良く晴れた週末に人生を考える
2月の連休、どういうわけか知りませんが、その日は晴れていました。
晴れてしまってごめんなさい、ってくらい見事な青空でした。

まだ今年が始まって1ヶ月と半分しか経ってないというのに、2011年の山運を使い切ってしまった感じさえする、ぼくにしてはきわめてめずらしい好天の野良テレとなってしまったのです。
とりあえず白樺峠をめざします。
目国内岳、前目国内岳、白樺山、どこに登るかは歩きながら決めればいいのです。
道道268号のゲートから先には、レールのようなトレースが付けられていました。
昨夜の降雪は10cmほどですが、その前の日の大雪が重みを増した状態で残っていて、トレースを外れると脛までの重たいラッセルになります。
ですので、ありがたく泥棒させていただきます。
盗んでいいのは、あの子のハートとラッセルだけだと、偉い人が言ってましたから。
トレースの先に目国内岳が真っ白。

しかし数百メートル進むと、トレースは道道を外れて新見の沢の堰堤へ下りていくではないですか。
ははーん、先行者はひとり残らず目国内岳へ向かったんだな。
このままトレースを辿っていけば、わりと容易に目国内岳へ到達できるぞ、うふふ。
だけどもなぜか、ぼくの目にはそのとき、沢とは別の方向にある丘の風景が映っていました。
そしてその、踏み跡の付けられていないまっさらの、白くてなめらかな雪面にすっかり誘惑されてしまったのです。
イチコロですよ。
人はときどき、よく分からない理由で進む方向を決めてしまうんですね。
だから人生の方も・・・。
まだ誰も歩いていないぴかぴかの雪面に、刻む二本のスキーの跡。

道道を離れ、地形図をじっくり吟味しながら小さな沢を二つ越えて、幅のある尾根に乗っかって高度を上げ、ふたたび道道が見えてくると白樺峠です。
風の音しか聞こえない白樺峠。

ここでまた、進路を決めなくてはなりません。
峠の西の、無木立の広大なオープンバーンがある前目国内岳か。
峠の東の、起伏のある疎林のツリーランを楽しむ白樺山か。
距離も高低差も、両者そんなに違いはないのですが、やはり人生にもスキーにも、すこしばかりの起伏と障害物は必要だ!そうだそうだ!。
というわけで白樺山へ向かうことにします。
といっても人生の方は、谷底の倒木にずっと絡まったままではありますが。
ほんとうに白樺ばっかりの、白樺山の疎林を抜けると、どかんと空間が開けてきます。
ですが決して振り返ってはいけません。
むぅ。あっちの山のオープンバーンにしときゃ良かったかのぅ。

振り返るな振り返ると終わりこの世はそんなもの、とユニコーンも歌っていたじゃないですか。
それなのに振り返っちゃうんだから。
ま、どうせ向こうの葡萄は酸っぱいに決まってら。フン!。
尾根の上にはガイジンさん。オーだかウーだか叫んでるけどようわからん。

稜線に上がると、予想はしてたけどけっこうな勢いの風が吹いています。
風に叩かれまくった雪面には、ストックのシュピッツェを突き立てるのも容易ではありません。
ラッセルがないぶん楽に進めますが、ついに頂上の直前、白磁のような斜面にシールはむろんエッジも利かず、ここで終了といたしました。
見た目はマイセン、景徳鎮か。叩けば音は備長炭。もう進めない。

おととし登ったシャクナゲ岳にごあいさつ。

さて楽しい滑りの時間です。
ようやくぼくも、滑りを「楽しい」と言えるようになりました。
なんせちょっと前までは、スキーってのは下りがなければ楽しいんだけどね、などと発言してたらしいですよ。
がしかし、登ってきた尾根ではなく北よりの町界あたりを滑ろうと進んでいくと、最凶の悪雪に遭遇です。
最凶の悪雪。シュカブラ地獄。

まるでこれから先のぼくの人生を見ているかのような雪です。
こりゃどーやっても滑れません。
自然の造形美をバリバリと破壊しながら慎重に高度を下げると、ようやくお目当てのツリーランです。
朝と比べれば雪は重いけど、まだまだじゅうぶんパウダーです。


悪雪のあとのご褒美に笑いが止まりません。
野良テレ冥利に尽きるってもんですよ。
ツララも融ける光の春。

雪の陰影。

もちろん今夜は温泉です。

翌朝は、宿のワンコと戯れて、町へと下りていきました。

天気もよくて雪もいい。
もちろん山もいい山だし、温泉宿もここちいい。
そしてスキーは、コケても楽しいテレマークとくれば、一日じゅう落ち着きなくフワフワしながら、難しいことも簡単なことも考えないから頭の回転も止まってしまって、口元がゆるみっぱなしで日が暮れるわけです。
野良テレというのは、つくづくナマケモノの遊びですな。
え?、まるでお前の人生そのものじゃないかって?。
よせやい。
投稿者 hamayo : 23:53 | コメント (10) | トラックバック
2011年2月 6日
悪雪もまたよしテレマーク
お医者のセンセーすみません。
やっぱり1ヶ月もおとなしくしてることなんて出来ませんでした。
あんまり天気がいいもので、テレマークで裏山へ行ってしまいました。
ターンが決まるとやっぱ楽しいテレマーク

このあと、鹿のラッセル跡につかまって転倒します。
いつ行っても悪雪で、底なしのパウダーなんてまずお目にかかれない。
大きな斜面があるわけでもなければ、ロングコースがあるわけでもない。
どこをどう切っても里のヤブ山でしかないんだけど、ぼくはこの山でテレマークをやるのが好きなんです。
最近ふと思うのです。
いい雪の上をすいすい滑るのも気持ちいいのだけど、どうしようもない悪雪の中でたった1回だけ綺麗に決まったテレマークターンの方が、ぼくにとっては強く記憶に残るし、なんだか幸せな気分になれるのです。
たくさんの賛同が得られるような意見だとは思ってないけどね。
投稿者 hamayo : 21:53 | コメント (12) | トラックバック
2011年1月 4日
藪テレもたまにはいいもんです
藪が埋まっていなくても、天気がよければ体が勝手に動くのです。
スキーで裏山へ行ってまいりました。
ネマガリのくぐり罠を恐れて、スキーを履かずに担いで上がったら、ストックを忘れてしまいました。
スキーを一本杖代わりに歩いたものだから、足に履くまで気が付きませんでしたよ。
幸先がいいったらありません。
板を雪にぶっさして、罠に掛かりながらどっすんどっすん駆け下りて、ストックを持ち出し再スタートです。
とくに行くあてもないので、キツネの足あとについて行ってみます。

このさき足あとは茂みの中へと消えていき、スキーでは追いかけられなくなってしまいました。
途中、鹿の足跡を追いかけていると、体重があるせいか何度も雪を踏み抜いて、笹藪の中におっこちているではないですか。
その場面のことを想像すると、思わず笑いがこみ上げてきます。
途中に何ヶ所も、いびつで大きな穴ぼこを開けながら。
あとで鹿がこのシュプールを見たら、人間も大変なんだなと思うだろうか。
見上げれば、雪のひとひらも落ちてこない、静かな森の静かな空。

なんだかぜんぜん冬のにおいがしない、今年の裏山です。
帰りはいつものように、沢を渡って谷の底の平らなところを歩く予定が、雪が少なすぎて沢がちっとも埋まっておらず渡れません。
いま下りてきた斜面を少し登り返して戻ります。
いまはもう道も途絶えてしまったし、電線の取りはずされた電信柱が見張りのようにぽつんと立つだけの寒景。
夏になるとときたま帰ってくるあるじを、じっと待ち続けているかのような家々です。
家までもう少し。
帰ったらお汁粉を食べるのです。
投稿者 hamayo : 22:21 | コメント (6) | トラックバック
2010年12月26日
DENZIさんとお笑いテレマーク道場
この日の札幌国際スキー場には、信じられないような青空が広がっていました。
町でも山でもぼくが行くところ常に雲がわき、天気予報や平年値などをまったく無視するかのような空の荒れっぷりにかつては悪天子爵などとも呼ばれたぼくがテレマークを楽しもうとやってきているにもかかわらず、空は眩しいほどの青なのです。
思わずぱちり。

これはなにかおかしい。
これは何かが起きる前兆なんだ。
そしてもう一つ、信じられない出来事が起きるのです。
DENZIさん登場。

今日いらっしゃることは分かっていました。
錆び付いたトタン屋根の駄菓子屋とか、腐り落ちそうな番屋でもあれば、そこで待ち伏せていればホイホイ的に捕まえられるかも、ぐらいには思っていました。
でもここは札幌国際スキー場です。
リフト数本だけみたいなローカルのゲレンデとはわけが違います。
しかもお目にかかったことは一度もありません。
これはもう、奇跡といわずしてなんと言いましょうか。
行きますか。行きましょう。
挨拶もそこそこにゴンドラに乗り込みます。
そしてぼくは、おそるおそる聞いてみたのです。
カメラは持ってきてますかと。
聞いてすぐに、それは愚問だと気付きました。

カメラを持たないDENZIさんなんて、宝塔を持たない多聞天みたいなものですから。
そんなDENZIさんが、ぼくの滑りを華麗に激写してくれたのです。
華麗な滑りではないのでお間違えなく。
1ヶ所コケかけてますが、なんとか持ち直してますな。

●撮影:DENZIさん / 加工:hamayo
あぁスゴイ。ナイスショットですよ。

●撮影:DENZIさん
それではDENZIさんの滑りも。(ボタンをクリックで、コマ送りします)
もひとつドン。(ボタンをクリックで、コマ送りします)
いやー、しょうじきスゴイんですよ、DENZIさんの滑りは。
テレマーク姿勢がとれないときでも、アルペンターンでギュインギュインいっちゃうんです。
何かのミスで、ビンディングのバネがゆるゆるで3ピン金具よりもルーズな状態にもかかわらず、です。
ぼくなんかだと、ターンってのはスピードを殺すためにというか、減速する手段みたいな感じなのですが、DENZIさんの場合ターンで加速していくんです。
太陽系探査機が、惑星の重力でスイングバイ加速するみたいに。
もうね、付いていくのがやっとって感じでした。
ではお口直しに、じゃなくて忘れないうちに、転倒シーンも。
KARHUさんへのサービスも忘れません

●撮影:DENZIさん
ほぼ屍。

●撮影:DENZIさん
転倒シーンを撮るのってなかなか難しいんだけど、さすがです。
最後に、本日の影の脇役にも登場願いましょう。
細板、3ピンの、テレマーク仙人(知らんオッサン)です

不思議なことに、気がつくとそばにいるのです。

プラブーツ、ハードビンディング、太板になってから、まぁそれなりに少しはターンもできるようになったしスピードもけっこう出せる、それに満足していた自分に、ガツンと一発見舞われた気がしました。
仙人がみせるテレマークターンの優雅なことといったら!。
かっちりしたフォームで、スピードに乗って、急斜面を勇敢に滑り降りていくテレマークスキーヤーは、それはそれでスゲーとは思うけど、ぼくはそういうのを目指してたのかな?。
急斜面でもスピードを出すことなく、まるでダンスを踊るかのように雅やかで気品に満ちた、それでいてしっかりと腰の据わったテレマークターン。
仙人(知らんオッサン)のテレマークには、抑制された力強さが生む、美がありました。
こけないのが一番だけど、こけても楽しいテレマーク。
知らない人からは、そんなのこけててなにが楽しいの? てゆーか気の毒で見てらんない、みたいなことを言われることもあるけど、楽しいんだからしょうがないんだなこれが。
コケても笑顔。テレマーク最高。

●撮影:DENZIさん
コケてるヤツは、いつも帽子が雪まみれ。

そしてぼくは、ひとあし早くスキーを脱ぎました。
DENZIさんには、どうしてもやり遂げなければならないミッションがあるとのこと。
またの再開を約束して、道場を後にしました。
またいつか。

投稿者 hamayo : 20:53 | コメント (8) | トラックバック
2010年12月15日
札幌国際でテレマークはじめ
初すべり、行ってきました。
札幌国際は20年ぶりくらいですよ。
キロロか国際かで迷ったんです。
お天気が荒れそうだったので、西風モロなキロロはやばいだろうと、同じ山の反対側にある国際の方が風は吹かないとふんで来たのですが、風については正解でした。
ほぼ無風でしたから。
だけど、とにかく寒かった。
昼頃で、-14度ぐらいだったようです。
リフトに乗ってる人は誰もおらず、皆が皆ゴンドラに乗るけど、そのゴンドラの中も完全に冷凍庫。

そして雪がとにかく降る降る。
片栗粉みたいな粉雪だけど、ときに夕立みたいな降り方も。
平日なので人もまばらで練習にはうってつけだったのですが、なんとゴンドラに乗り物酔いしてしまって戦線離脱。
そのまま帰りましたとさ。とほほ。
滑りの方はどうだったかって?。
それは聞かないのがオトナのルールってもんですよ。
投稿者 hamayo : 22:43 | コメント (12) | トラックバック
2010年5月 7日
両古美山で、春の野良テレを満喫
遅い春の訪れ。
ヤマザクラはおろか、コブシの白さえまだ見えず。
山に行けない毎日を、これ以上積み重ねるわけにはいかないと、よく乾かしてしまってあったシールを引っ張り出して向かったのは、積丹半島のリトルジャイアント。
いつ来ても期待を裏切らない標高806m、両古美山へ。
スノーシェード脇の踏み跡はたどらずに、地形図を見ながら尾根と谷をひとつずつ跨ぎます。
肩の小ピークまで登ると、両古美山が登場。

雪の下の夏道が、何度もスイッチバックする本峰への斜面には、雪の割れ目があちこちに走り、こんなところで春を感じます。

ひと汗かいて、さんさんと降りそそぐ陽光と、氷点下の強風が吹きつける稜線。

まるで雲母のようなフィルムクラストは、スキーで踏んだそばから崩れ、シャラシャラシャラと乾いた音を残して、風が運び去っていきます。
天気もいいので、泥の木山を目指してみます。
14時をタイムリミットに。
ちょいと下ってひと山越えて、もっぺん下った鞍部は風も吹かず、ここで昼食。

さっきまでの寒風がうそのような、ポカポカ陽気。
しかもこの太い木が、座椅子のように座り心地がいいもんだから、なかなか動けません。
泥の木山はあきらめて、目の前の815m峰を今日のゴールといたしましょう。
・両古美山の北方稜線、815m峰からのパノラマ
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積丹岳や余別岳のほうは雲がかかってしまったけど、二つの海を見渡せるスケールの大きな風景は、とても800mの低山のものとは思えません。
やっぱ両古美山はすごいや。
帰り道、794m峰あたりまでくると雲はほとんど取れて、羊蹄山がはっきりと見えてきました。
よし、いっちょ滑ってみますか。

野良テレで一度もコケなかったのは初めてかもしれない・・・。
そして、日暮れまで目いっぱい遊んだ人だけが出会える、足長影男。

今日もたっぷり遊びましたとさ。
雪質に助けられて、滑りの方も満足です。
ザラメ雪って、楽しいですね。
そしてやっぱり、今回も期待を裏切らなかった両古美山に、感謝です。
いい山でした。
投稿者 hamayo : 07:33 | コメント (8) | トラックバック
2010年4月12日
長峰995m峰 ストップ雪に七転八倒
また裏山ですか?
いえいえ、裏山の裏山です。
春うららですね。
いえいえ、こう見えて暴風なんです。
長峰の995m峰、滑降派にはキロロの995と言ったほうが通りがいいでしょうか、そのゆるくて広い、長くてやわらかい尾根筋を、テレマークで散歩してきました。
尾根の末端に、あたかも阿形・吽形のようにそびえる巨木が、この山の入り口です。

広い尾根で方向がわからなくなっても、彼らが見えているかぎり心配ありません。
1000mにも満たない小さな山でも、なかなかどうして巨木がいっぱいなんです。

16mmの対角魚眼の画ですが、ぼくの体も、そしてカメラも、この木の大枝の下にあるんですよ。
なんと大きな枝振りなんでしょうか。
837m峰を越えると、一気に視界が開けて、遠く春香山まで見渡せます。

いったん下って、平らな雪原を歩いたら、再び広い尾根。
帰るとき、西に延びる支尾根に迷い込まないように、中心線よりも少し北東側にトレースを付けて登っていきます。
最後のところだけは、急な斜面に息を切らせて。
いつものジンジャーチャイと、ザボンピールのパウンドケーキ。
ザボンは冬の果物だけど、ザボンピールは春のたべものです。
目と鼻の先の山頂へは行かずに下山。
キロロの中の人に余計な気苦労をかけたくありませんからね。
直滑降でさえ3回も前転顔面着地するほどの、超絶ストップ雪に翻弄されて息もたえだえ。
まるで磁石、まるで吸盤。
海王星の公転軌道のような超大回りターンで、太ももをパンパンにさせながら何とか下山。
春山の雪はとっても手強いです。
そろそろスキーも仕舞い頃かな~。
投稿者 hamayo : 07:22 | コメント (10) | トラックバック
2010年3月28日
朝里川温泉スキー場は、聞きしにまさるスキー道場でした
今日は朝から雪降りで、しかも午後から吹雪くとの事だったので、野良ではなくスキー場に行ってまいりました。
日曜日ですから、キロロやニセコは大混雑だろうからと、地元のローカルゲレンデ、朝里川温泉スキー場の門を初めて叩いてみました。
頼もう~
↓↓↓↓↓↓↓↓
ところが不思議なことに、晴れてくるんだなぁ。
ご存じの通り、ぼくはスキーのことはよく分かりません。
よくは分かりませんが、分からないなりにこの朝里川温泉スキー場というのは、練習、練習、また練習って感じの、とにかくスキーがうまくなりたい人たちのトレーニング場のような、「スキー道場」的イメージを持っていたのですよ。
そんな朝里川温泉スキー場、いざ行ってみると、完全に予想通りでした。
というか、思ってた以上にスキー道場でした。
来場者の7割は、スキースクールの受講生と、どっかのスキー部の団体練習です。
次に多いのが親子連れなのですが、これがまた親も子供も揃いも揃ってスキーが上手で、そして親はスパルタなのです。
リフトに乗ってると、「死にたくなーい!!、ビエ~ン」という子供の声が聞こえてくるのですよ。
ぼくみたいな無目的というか、ふらっとやってきた人は1割ぐらいしかいなく、しかも大半はお一人様でした。
みな自分で決めた課題に真剣に取り組んでいて、そしてまたレベルも高いのです。
斜面の途中でアザラシみたいに寝そべってるボーダーとか、カオスな動きをする子供とか、全身コルセットのボーゲン紳士とか、コントロール不能になってる直カリ番長とか、そういう人たちは皆無です。
ひとりもいません。
そしていちばん驚いたのは、ここにいたスノーボーダー、ほとんどがアルペンボードだったのです。
フリースタイルの人は数えるほどしかいません。
がっちがちに固められた急斜面を、雪煙ひとつ上げることなく直線的なターンで落ちてくるボーダーというのは、なかなか新鮮な映像でした。
テレマークはぼくだけでした。
ジルブレッタを歩行モードにして、テレマークターンもどきで下りてくるという奇特な御仁がひとりだけいらっしゃいましたが・・・。
うーん、こりゃウロコ板で歩きたくなる丘風景ですな。
正直キロロとかと比べると、雪質はイマイチでした。
時期も時期ですからしかたないんだけど、中級者向け以上の斜面ばかりで緩斜面がひとつもなく、しかもカリカリのツルツルな雪面のおかげで、否応なしにぼくもスキー道場な気分を味わわせていただきました。
朝里川温泉スキー場は、今日をもって今期の営業もおしまいです。
家から車で10分だし、たしかに練習にはもってこいの斜面ばかりなので、来シーズンにまた来てみようかな。
リフト料金も安いしね。
投稿者 hamayo : 23:42 | コメント (2) | トラックバック
2010年3月17日
小樽の町に向かって
これが最後のチャンスです。
町をつつむ空気には、春のはなやかさが見え隠れしています。
季節は次の段階へ進もうとしています。
Mさんの家の前を通ったとき、玄関先にいたMさんに声をかけられました。
「今日も山かい。
春になったもんだから、ゆんべまでずっと暖気
だったけんど、今朝はいっぺぇ積もったべ。
今日だら最高気持ちよくてっぺんまで行けるど」
Mさんには見えるのでしょう。
こんな日は、あの谷はこうなってる、この尾根はこうなってると、頭の中に思い描くことができるのでしょう。
「今日だら行ける」
本の大事なところにアンダーラインを引くみたいに、Mさんは同じことを繰りかえし言いました。
山頂へ行くのなら、今日をおいてほかにない。
行くしかない、行かないわけにはいかない。
そう確信しました。
クルミの木も、カツラの木も、コナラもミズナラもシラカバも、皆いつもの場所でいつものように出迎えてくれます。
夕べ積もった雪は約30cm。
標高が上がるにつれて、雪はさらに深くなっていきます。
見晴らしの丘を越え、谷を詰め、スノーブリッジを探します。
できるだけ谷が浅く、そして狭い場所を探してるうちに、胸板の壁のすぐ近くまで来てしまいました。
もうこれ以上は、溯れません。
谷のほうへ降りていってみます。
源流部、川幅も深さもちょうどいい塩梅、完全とはいえないまでも、水の流れは雪に埋まっていました。

扉が開かれたのです。
これでようやく四ツ峰に取り付くことができます。
四ツ峰の最初のピーク、小樽の町もずいぶん遠くになったものです。

予想通り等高線のふくらみには、地形図にはないピークが隠れていました。
直登するか、右から巻くのか、左から巻くのか、雪庇の張り出しはどうだ。
風の通り道、発達したスラブ、雪の下は氷、氷の下は岩。
巻きすぎて隣の尾根に乗ってしまわないように、太陽を道しるべにして。
西の谷から吹き上がってくる白い塊、視界が消える、動いてはいけない。
シラカバの陰で、光が戻るのをじっと待つ。
小さな吹雪が去ったあと日が射す方を見れば、最後のピークがそこに。

登りきってみると500m台地は文字どおり広々とした台地で、まばらに雑木がおおう静かな山でした。
三角点のある場所を目指して歩き回ってみても、どこが山頂なのかは皆目わかりません。
でもそんなことはもうどうでもいいのです。
ぼくは目的を果たしたのです。
裏山のいちばん高い場所に、いま立っている、その事実だけでじゅうぶんです。
この冬の定番ジンジャーチャイが、これほどおいしい日はありません。

どこででも見られる冬木立、どこにでもある冴えない林。
とくに眺めがいいわけでもなければ、目立つ高みがあるわけでもない。
そんな山頂の風景に、ぼくは今までになく感動しています。
今日、家を出てからかかった時間は3時間ですが、この5年のあいだにこの裏山を歩いた時間は、その何十倍にもなります。
その時間がこういう気持ちにさせているのだと思います。
また来年、ここに来られるかどうか、ぼくには分かりません。
道路工事が始まってしまえば、山に入れなくなるかもしれません。
あるいはそんな山には、入る気がしないかもしれません。
ひとつだけ言えることは、今日見たこの山の風景は、来年には見られないということです。
今日で最後。ジ・エンドなのです。
そんなことばかり考えていると、帰るタイミングをつかみそこねてしまいます。
だけどいつまでもいるわけにはいきません。
Mさんがそうしてきたように、ぼくもこの裏山のことをしっかりと記憶にとどめておきましょう。
時間です。
テルモスをザックにしまい、シールをはがし、ビンディングを滑降モードに切り替えて、準備完了。
さようなら、500m台地。
おしまい。
投稿者 hamayo : 07:28 | コメント (10) | トラックバック
2010年3月14日
谷ルート、滑降、裏山の奇跡
谷をまっすぐ詰めていくこのルートは、地形図から読み取れる3つのルートのうち、残された最後のものです。
谷の最上流は、この山の胸板ともいうべき大きな壁に吸いこまれるので、最後には右か左に逃げる必要があります。
問題は、どこでどのようにして谷を出るのかということで、ルートファインディングは今までよりも少しやっかいです。
めずらしく晴天で迎えた朝、谷に日が差し込まないうちに遠くまで進もうと、いつもより早めの出発です。
前回、帰路に使った谷の右岸はあまりにひどいので、地形図を見てもわりと傾斜の緩い左岸を進むことにします。
かなり重量級の動物のようで、足あとは完全に踏み固められていて、これについていけばまったくスキーが沈みません。
しばらく行くと、この足あとの持ち主がいた痕跡が見つかりました。
昨夜から今朝までの降雪を考えると、ついさっきまでここにいたと思われます。
そして出会いは唐突にやってきました。
「木が歩いてる!」と思うな否や、右側20mほどさきを巨大な角を持ったオスのシカが悠然と歩いていたのです。
悠然、まさに悠然とです。
ぼくの出現に驚いた様子もなく、もちろん逃げるわけでもなく。
「あんた居ようが居まいが、俺はここを通る」とでも言うかのように。
野山を歩いてて、シカと遭遇することはしばしばありますが、ここまで立派な角を持ったシカを間近に見たことはありません。
その迫力に小さからぬ怖れを感じて、ただただ立って見ていることしかできませんでした。
この場から立ち去ろうと思ったけど体が動かなかった、というのが正しいかもしれません。
シカを見送ったあとも、すこし興奮気味で谷を詰めていきます。
谷は沢となり、上流に行くにしたがってより細く険しくなっていきますが、今いる左岸はそれより一段上の、広く大きな鍋底のような地形へと変化し、気がつくと見晴らしのよい場所に出ていました。
胸板の壁は目前に迫っていました。
向こう岸には四ツ峰の尾根も見えていましたが、谷底の水の流れは遠くからでもはっきりと見え、渡ることはできなそうです。
最初に挑戦した岩稜ルートのほうを見上げると、今いる鍋底谷は、水の流れとは別にこの尾根の方へと向かっていました。
傾斜は急ですが木も疎らな斜面がずっと続き、おそらくMさんの言う「滑降のコース」というのは、この谷状の場所だと思われます。
GPSと地形図とを対照すると、ちょうど2番目の岩塔のあたりに出られそうでした。
うまく岩塔の上部に出られればゴールは目前です。
キックターンもままならない密林を、雪庇の弱点を探しに右へ左へ。
ようやく見つけた小窓から、飛び出した稜線に岩塔は右か左か・・・。
しかし眺めはバツグンです。
もちろん帰りは「滑降のコース」にチャレンジです。
裏山の奇跡、その1
おっかしーなぁ、こんなはずでは・・・。
こりゃホントの奇跡だ。
今度こそはと期待も大きかっただけに、ガックリ度もひとしお大きいです。

それでも見とおしの良いこの尾根に上がれたことで、山頂へ続く道筋がはっきりと見えてきました。
スキーで山頂に出ることができるのは向かいの四ツ峰の尾根しかない、これは断言できます。
そして三角点ピークを経由せずに四ツ峰手前の鞍部に出るためには、今回の谷ルートで高度を上げて、どうにかしてどこかで谷を越す必要があります。
谷が雪で埋まる春、かつ雪が腐る前の数日間、チャンスは一度きりかもしれません。
投稿者 hamayo : 16:19 | コメント (0) | トラックバック
2010年3月 8日
細尾根の藪テレ、そして老人の記憶
谷向こうの右岸尾根は、昨年までで最も奥まで入り込めたルートです。
問題は尾根の前半部分にある三角点ピークで、ここの斜面はつねに雪が深く、かつ密林で、スノーシューでさえ直登はできず、テレマークでの斜登高も毎分5mほどでしか進めず、前半でいきなり体力を消耗してしまうのです。
しょっぱなからあの山の頂まで登ります。
見た目を大きく裏切る、死にもの狂いの直登なのです。

三角点が置かれるだけあって、この裏山随一の展望が開けそうなのですが、あいにくの雪模様・・・。

雪庇の張り出しもなかなかのもので、実はストックが雪庇を踏み抜いて、曲がってしまいました。
スキーの時は、足もとだけでなくストックの先も雪庇に気をつけないといけませんね。
ここまででかなり体力を消耗してしまいましたが、気を取りなおして尾根筋を進みます。
しかも密林。
スキーで行くべきでないことだけは確かです。
パチンコ玉のように木と木の間をくぐり抜け、体のあちこちに青アザを作りつつ四ツ峰との鞍部まで下りてくると、なんとなくかつて人がいた気配が感じられます。
火の用心の看板は、木の幹のかなり高いところに打たれています。
おそらく看板が取り付けられたときには、まだ木も低かったのでしょう。
そしてミズナラは、まだこの里山が里山として機能していたころの記憶を残しています。
広々としたこの鞍部から見える四ツ峰の尾根。
4つの小ピークを越えれば、500m台地のはしっこに出られることは分かっています。
しかしじつは、この段階でぼくはかなり疲労していました。
なにより帰り道が不安でした。
500m台地まで行けたとしても、帰りにまたこの密林の細尾根を登り返すことなど考えられなかったのです。
細尾根を通らず谷筋を下るにしても、その対岸の斜面を降りるにしても、未知のルートで引き返すのなら、体力の残っている今がターニングポイントでした。
頂上への確かな足がかりを掴みつつも、後ろ髪をひかれる思いで引き返すことを決断しました。
帰路は次回のことも考えて、谷に沿って下っていきました。
油断すると谷底へ向かって降りていきそうになるスキーを、なんとか高度を保って密林を進むのは思いのほか困難な作業で、ストックは役に立たず、生い茂る木の幹や枝にしがみつき水平移動する、それはもう沢登りで言う「へつり」に近いものでした。
行きのトレースに合流したときには、安堵感ですっかり力がぬけてしまいました。
このルートを、スキーで辿ることは二度とないでしょう。

そして・・・
家の前で装備を解いていると、知り合いのおじいさんが話しかけてきました。
「おやぁ、hamayoさん。
あんたスキーやんのかえ?。
よく裏山に行ってるみたいだけど、あんまり変なところ
行って遭難せんといてくれや。
おらたちみんなで探しに行かんとなんねーからな。」
となりのとなりに住んでるこのおじいさん(Mさん)、じつはスキージャンプで2度のオリンピック代表に選ばれた某選手の親父さんなのです。
そのことはずっと前から知っていましたが、いままで一度もスキーの話をすることはありませんでした。
そのMさんが雪かきの手を止めて、ぼくのスキーを食い入るように見つめています。
「テレマークなんですよ。」
それがきっかけでした。
Mさんは、いまぼくが下りてきた山の方を見ながら、ぽつらぽつらと話し始めました。
遠い昔の話し。
それは、とてもとても興味深い話しでした。
「おらぁ子供のころ、ここに滑降のコースがあってな、よく
登ったもんだ。
すんげぇ急斜面だべ。
止まろうと思っても止まらねーんだ。
止まるったらコケて止まるしかねーんだけんど、コース
って言ってもただの林だべ、木がいっぺぇ生えてっからよ、
危ねぇったらねーんだ。
行きゃぁ必ず誰か、腕やら足やら骨折して帰ってきて、
よっく怒られたもんだ。」
はじめのうちは、お年寄りが昔を懐かしんで話す武勇伝のたぐいだろうと、話半分に聞いていました。
でもMさんの話す内容をよく吟味すれば、そうではないことはすぐに分かりました。
尾根と谷との位置関係、斜面の具合や山のかたち、尾根の上から見える風景、それらはこの裏山を繰りかえし歩いた人でなければ言葉にできない種類のものです。
山では負けて帰ってきた今日ですが、Mさんの話しにとても勇気づけられました。
頂上へ至るルートは必ずある、という確信めいたものをしっかりと感じました。
次は残された最後のルート、谷ルートから頂上をめざします。
投稿者 hamayo : 22:01 | コメント (4) | トラックバック
2010年3月 2日
岩稜ルートから裏山最高峰をめざす
裏山といっても、大きな川や深い渓谷があるわけじゃないので、その気になれば塩丸や大登山、余市岳にだって行けるのですが、林道なども含めて道路をまたがずに行ける範囲に絞れば、501m標高点がある通称「500m台地」が裏山の最高峰になります。
そこへ至るルートは、
A:家がある谷をそのまま詰めていくルート
B:右岸の急峻な三角点ピークの細尾根を辿るルート
C:左岸の岩稜ルート
の3つで、そのいずれもがそれぞれ難所を抱えています。
地形図上から読み取れる難所は、
A:500m台地直前の、壁のような急斜面。谷は雪崩の危険も。
B:細尾根の上には、地図に現れない小ピークがいくつも続く。
C:岩稜ルートは、それ自身がスキー登山の大きな障害です。
この中でもいちばん数を歩いてる、C:岩稜ルートから500m台地をめざしてみましょう。
今冬はひさしぶりの大雪。
岩が雪で埋まっていることを期待して。
裏山フィッツロイ
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
このルートのいいところは、玄関を開けて5秒後には尾根に取付ける手軽さです。
家の前の、除雪車が作った雪壁を乗り越えたら、そこはもう裏山のまっただ中。
動物くんと、めざせ裏山最高峰。

お気に入りの野良ゲレンデをすぎると、じきに密林の細尾根となります。
1月のこの時期、まだ雪庇もかわいいもんです。

見えてきたピークは、この尾根の最初にあらわれる岩塔です。
シーズンの初めごろは、いつもコイツに行く手を阻まれていました。
スキーで越せない岩稜帯なら、どちらかの斜面を巻けばいいのですが、里の山らしからぬ急峻な斜面で、それもままならなかったのです。
ですが、1月も下旬をすぎると、雪も深くなってきます。
ぼくの気合いもちがいます。
背中にしょったスコップは、ルート工作のための武器なのです。
スキーを脱いで、スコップ一本。
斜面の雪をひたすらカットして、スキーで通れるルートを開削していきます。
春には消える、hamayo新道。

岩を越えてはまた尾根に戻り、また岩があらわれれば巻き道を作って越えていく。
消耗が激しい登行を続けていくうちに、これまでの野良スキーでは感じたことのない、充実感というか手応えのようなものが感じます。
しかし、行けども行けども岩は尽きません。
地形図では、この尾根上にある岩場は二ヶ所で、それぞれがひとつの小ピークだと思っていたのですが、どうやらこの尾根全体が岩でできていて、その中でも顕著に突き出ている場所が二ヶ所、ということのようです。
そしてついに、右も左も巻くことができない、そそり立つ岩に直面します。
ひとまずスキーをぬいで、岩のてっぺんへ偵察に行きますが・・・
残念ながらこれ以上は難しいようです。
岩稜はこのさきも延々と続き、こんな感じの岩がいくつもひかえていました。
スキーではちょっと無理ですし、確保なしの単独で登っていく度胸もありません。
このルート、負けを認めるしかないようです。
遥かなり500m台地・・・

帰り道、夕陽のあたる野良ゲレンデで。

たぶん、このルートはもうダメでしょう。

生物の進化の行き止まりのようなものです。
たとえば別のルートから、岩塔群の向こうがわの、尾根のより上部に飛び出すような方法を考えない限り、ダメだということです。
次は、谷をはさんで反対側の、右岸細尾根ルートで挑戦です。
投稿者 hamayo : 20:30 | コメント (11) | トラックバック
2010年2月28日
裏山エクスプロレーション2010
あと何年かすると、この山に高速道路が建設されます。
一年を通して、ぼく以外にほとんど人の入ることがないこの山に道路ができたとしても、おそらく誰も困らないだろうし、誰の目にも映らないでしょう。
希少な生物が生息しているわけでもなければ、地域住民の生活に不便を強いるものでもない。
建設される道の先には、道路が来ることを待ち望んでいる人たちがいる。
メディアがこぞって取り上げるような、賛成派と反対派の対決の構図もない。
そもそも賛成とか反対とかを問うたぐいのものですらなく、どちらかといえば'誰も興味がない'というのがいちばん適切かもしれません。
ですが風景は、確実に失われます。
ぼくひとりの目にしか映らないささやかなものですが、いまここにある風景は、永遠に損なわれてしまいます。
消えてしまう、その前に。
これが、この冬ぼくがほとんど遠出もせず、休みのたびにスキーを履いて裏山へと向かった理由です。
雪どけが急速に進む今日このごろ、裏山探索はいまも進行中ですが、1月から挑戦し続けている裏山最高峰への道のりを、これから何度かに分けて記事にしようと思います。
投稿者 hamayo : 19:59 | コメント (2) | トラックバック
2010年1月19日
旭岳にシバかれてきました
毎日が吹雪といわれる1月の旭岳で、とある谷に行ってまいりました。
荒天の責任を問われることのない山域で、いつものように吹雪かれる、残念なhamayo君。

昨シーズン、ニセコにいた間にお世話になった冬山遊びの豪傑さんたちに、「一度でいいから1月の旭岳に行ってみな」とそそのかされて早1年。
胸をときめかせながら待っていた、その1月がやってきました。
そのいっぽう旭岳といえば、おととしの春爛漫の雪洞キャンプや晴天の4月の登山と、ヌルめの春山ばかりだったのでちと不安です。
山頂や尾根といった、ただ高い場所を目指せばいい単純な山行ではなく、「ひみつの場所」が目的地という目標が目視できない山歩きは、行きと帰りで同じ場所を進むわけでもなく、ルートファインディングもいつもどおりとはいきません。
なわけで、一日目は下見をかねてスノーシューで歩き、二日目はテレマークでポイントまで歩き、滑り降りてくるという、慎重プランで行ってきました。
ところが・・・
1日目のスノーシューで痛恨のルートミス。
GPSレシーバが示す位置をみて、これはちょっとヤバいなと思ったそのときは、すでに危険のまっただ中に踏みこんでいました。
地形図をひらくとそこには、崖を表すマークがいくつも描かれてて、自分はいまその崖の真上に立っているようでした。
いま歩いてきたトレースを戻るというのが定石だとわかっていても、ほとんど落下するように降りてきたこの斜面を登り返すことなどできず、かといって、のぞき込んでも先が見えない狭く小さなルンゼの中から正解のアミダくじを引き当てる賭けに出るわけにも行かず、残されたのは崖の上をトラバースして谷の源頭へ戻ることだけでした。
スノーシューはテレマークに比べてトラバースに弱いです。
腰まで積もったドライパウダーをかきわけて出てきたこしまり雪も、鈍いツアッケがぽろぽろと崩してしまい、崖下に向かって流されそうになる体を四つん這いになってこらえるのが精いっぱい。
極度の緊張感。
風の音。
ルーチンワーク。
時間の感覚が、ゆっくりと体から離れていきます・・・
気がつくと、最大傾斜線の先から岩場がなくなっていて、ボウル状の谷のあちこちには、深雪にはしゃぐ野良ボーダーの姿が見えました。
彼らの楽しげな声が聞こえてきたとき、ようやく安全な場所にたどり着けたという実感がわいてきました。
脱出に費やした時間はあまりにも多く、すでに日没を意識する時刻になっていましたが、ひとまずザックを下ろし、チョコレートをほうばり、ゆっくり体を休ませます。
目指していた「ひみつの場所」は、今いる谷よりももうひとつ東の尾根の向こうにあるようです。
残念だけど、そこへ行くのは、また次の機会に。
今回のところは、野良ボーダーに混じって、旭岳の雪と戯れましょう。
温泉が待っています。
スキーでコケる前に、スノーシューでコケ方の練習を(何度も)する、どこまでも慎重なhamayo君。

2日目も雪はやまず、気温はさらに下がり、陽が射すきざしもなく。
風がないのだけが救いで、落ちてくる雪はいつまでも結晶を崩しません。

こんな雪が、昼も夜も、来る日も来る日も、とめどなく降り積もるのです。
バフバフとか、モッサモサとか、そういった重めのパウダーではなく、ダウンボールのような体積の殆どが空気でできている、宙に浮かびそうなくらい軽い雪が、この山には積もるようです。
どれだけ深い雪をラッセルしても、抵抗をほとんど受けない不思議な雪の中、しんと静まりかえった巨木の森を進みます。

昨日よりさらに50cmの上積みがされた斜面に、雄叫びをあげながら飛び込む。

前日にやったコケ方の練習の成果をさっそく発揮する、努力家のhamayo君。

・
・
・
旭岳はやっぱりスゴかった。
当初の目的は達成できなかったけど、ちょいと痛い目にもあったけど、あいかわらずコケてばっかりだったけど、景色はほとんど見えなかったけど、それでも旭岳はスゴかった。
雪のやみ間にうっすら見えた、当麻岳、安足間岳、そしてトムラウシへ続く稜線は、夏に見るそれよりも何倍も大きく、広く、そして神々しさに満ちていました。
必ずまた来ます。
ミスはもうしません。
だから今度は、晴れてほしいなぁ。
投稿者 hamayo : 20:34 | コメント (14) | トラックバック
2010年1月 8日
もっとマジメにテレマークを
ゲレテレに行ってまいりました。
野良テレは近所の裏山をぼちぼちやってますが、ゲレンデは今季初です。
いつものキロロで、3時間券を購入ございます。
2時間券があるといいんだけどな。
リフトを使ってグルグルと、すべって上ってするのは、2時間で限界です。
集中力がつづきません。
5、6本すべって、さっそくちょっと飽きてきて、リフトに揺られながらうとうとしていると、キロロにしては珍しい、テレマーカーとおぼしき紳士がすべってなさるのが見えました。

あんまりジロジロ見ててコケられると困る(ぼくは視線を感じるとすぐコケます)ので、ターン弧の頂点を横目で確認。

やっぱテレマークでしたね。
それにしても平日のキロロはガラガラですな。
patagonia のレディミックスかホワイトスモークっぽいJKTをタイトに着こなしてらっしゃるこの御方、ひじょうに練習熱心な方のようで、ソウルスライド2008の付録DVDにある「松澤幸靖の歩くから身につけるテレマーク」講座の、歩きながらターンや逆テレマークみたいな練習メニューを、とても丁寧にこなしてらっしゃいました。
冷やかしや皮肉で言ってるのではなく、本当にマジメな方だなと感心したのです。
ぼくももう少し真剣にゲレンデに通って、基本から丁寧に練習する心があれば、20年近くやってるのにコケまくりテレマーカーにならずにすんだのに、とめずらしく後悔したふりをしてしまいました。
彼が帰った後、ものは試しにと「歩きながらターン」と「逆テレマーク」の練習を2本ほどやってみて、それからフツーに滑ってみるとアラ不思議!、ここ2年ほどの懸案だった、左右のターンでの得意不得意の差がとても小さくなってるじゃありませんか。
左足が前足になる側のターンで、すぐに腰が回ってターンが切れ上がっていく事に困り果てていたのですが、それがずいぶん小さくなっていたのです。
いやはや、基礎的な練習というのは侮れないものですなぁ・・・と、ひとつ大人になった良い一日でした。
投稿者 hamayo : 21:34 | コメント (6) | トラックバック
2008年4月14日
テレマーク道場
干したシールをしまい、野良テレを終えてしまうと、山から雪が消えるまでの少しのあいだ、ぽっかりと隙間があいてしまいました。
そういえば今シーズンは一度もスキー場に行ってないや(旭岳とかチセヌプリは行ったけど)ってことで、ここ最近は週末になると狂ったようにキロロに通い、滑り込みをしてまいりました。
トップシーズンには、ゲレンデに行くくらいなら山に入るってことになるわけで、なかなかスキー場に足を運ぶ気にはなれませんが、今年のように雪解けが早いシーズンは、格安のリフト券を使える春スキーが選択肢の上位に上がってくるのです。
ぼくにとってゲレンデで滑ることは、苦痛とまではいかないにしろ、少なくとも楽しめるものではありません。
野良で安全に滑るための技術を練習したり、弱点を見つけ克服するための場所であって、それ以上でも以下でもありません。
ぼくにとってゲレンデは練習場です。
だけど本来のスキー場って、そういう場所だったはず。
水泳におけるプールと同じ。
メインはあくまで山や海や川。
スキー場もプールも、その先には野良が続いていたはずなのに、いつのまにかそこで完結してしまうようになっちゃった。
ゲレンデスキーと野良スキーの2種類があるんじゃない。
どちらも同じ線の上にあって繋がっているものなのに、だれかが引いた境界線をだれもが信じ込んでいる。
やれやれ。
ま、いいか。
↓↓↓↓↓↓
昨日降った雪のせいで、毛無峠付近の積雪は15cm程度、今日のキロロは朝から真っ白に光っていました。
朝のうちは気温も上がらず、山頂付近は久しぶりにガリガリだったものの、中腹から下はグサグサやらショバショバで、午後になると深い溝が縦横に刻まれるギタギタのバーンは、(ゲレンデなのに)悪雪をすべる練習にはもってこいの一日となりました。
春霞の余市岳。ケータイで。

昨シーズンが終わったときには、「ぼくより下手なテレマーカーを今まで見たことがない」とこのブログに書きましたが、さすがに毎週続けてゲレンデに通い、ランニングホイールのリスのようにノンストップで滑ってると、「メキメキ」というのは擬態語ではなく擬音語だと思い違いするくらい上達するものです。
このままの技術が来シーズンまで保存されていれば素晴らしいのですが、そううまく行くはずがありません。
3歩進んで3歩下がる。
そんでもって時々「2コマ進む」のマス目に入る、みたいな感じでぼくのテレマーク人生は進んでいくのでしょう。
投稿者 hamayo : 07:35 | コメント (4) | トラックバック
2008年4月 1日
旭岳で野良テレ終幕 #2:新王戴冠式
プラティパスに入れた水が凍ることもなく、かといって天井から水が滴り落ちることもなく、ゆうべの勇駒別は雪洞キャンプにふさわしい気温だったようです。
ムーン・レイの降りそそぐ雪洞で、眠りながらにしてキュアされたぼくは、とびきり良い目覚めの時間を迎えることができました。
グモーレン!

今日は姿見の池までロープウェイで上げてもらい、適当な斜面をハイクしたあとは、旭岳スキー場をえっちらおっちら降りてくる予定です。
二日続けての快晴がもたらされるのかどうかも心配だけど、それ以上に不安なのは、無事に旭岳スキー場を滑って降りてこられるかのほうです。
新たな転倒王が即位
↓↓↓↓↓↓↓↓
kacchinはんはすでに起きていて、カメラを持って付近を歩き回っていました。
J君はまだ夢の中のようです。
冬のキャンプの朝は、お湯を作るところから始まります。

テルモスに入れるココアのためのお湯です。
そうこうしてるとJ君も起きだしてきて、雪洞の外で朝食の準備が始まりました。

朝食はkacchinはんが持ってきた袋ラーメンに、kacchinはんが買ったチャーシューにメンマ、魚肉ソーセージが入った、DXラーメンです。
ぼくのはさらにそれに、マルちゃんのご飯を投入した、ラーメンリゾット。

というか、小池さん風ラーメンライスか。
kacchinはんは、一晩たってもまだアレ気になる様子。

おだやかに朝の時間は流れていきます。
kacchinはんがいれてくれたカフェオレの香りが、この小さな谷にただよいます。
今日はここを出るともう戻っては来ないので、雪洞は壊していかなくてはいけません。
昨年掘った核シェルター級に頑強な雪洞とは違い、今回は屋根も薄いし雪質も脆いので、上に乗って一気に潰します。
雪洞を崩す瞬間

別の角度から

そしてみんなで。
一夜の宿をありがとう。

きっちり雪洞を壊したら、勇駒別の森を抜けて旭岳ロープウェイの乗り場に向かいます。
昨夏の安足間岳のときは朝6時前から動いていたロープウェイも、冬期間は9時からの営業です。
どこが?と聞かれると困るけど、なんか微妙に違和感がありますな。

夏場もそうだったけど、北海道を代表する大観光地だけあって様々な種類の人たちがここを訪れます。
葬式帰りのような姿のご婦人が、セレブ犬を連れて歩いてピステを上り始めたりする光景も見られ、いったいここはどこなんだと不思議な気分にさせられます。
ロープウェイは20分間隔で運行されています。
ほとんどの乗客がスキーヤーとボーダー(登山者含む)、それにスノーシューイングをする人たちですが、普通の観光客もいくらかは姿見駅まであがるようです。
一番乗りで最前列に陣取ったぼくたちは、電車好きの子供のように大騒ぎ。

10分間の空中散歩(by ワカサリゾート)で、あっという間に姿見駅に到着。
駅を出ると目の前に旭岳が聳えています。

J君は「今期の最高標高地点やぁ~!! フガフガフゥ~」と、標高に比例してテンションが高くなっています。
kacchinはんは本気で旭岳まで行きそうな勢いです。
どこかに行く予定はとくに立ててなかったので、地獄谷の中で最もモックモクな噴気口そばの丘をめざすことにしました。
夫婦池の南側まで登れば、後方に十勝連峰の山並みが広がってきます。

噴気口が近付いてくると、地鳴りの音が徐々に大きくなってきます。
遠くから眺めているぶんには、動いているのかどうか分からないくらいスローに見えていた噴煙も、見上げるくらいそばまで来ると、信じられないほどのスピードで湧き上がっているのがよく分かります。
淵まで1m。これいじょうは怖くて近寄れない。

299KB(35mm判換算34mm縦位置の3枚スティッチ)
今まさに地の底から、巨体の怪物が生まれいでてくるんじゃないかというような、身の毛もよだつディミニッシュコードが鳴り響いています。
自然を前にすると人は自分の小ささに気が付くというけれど、このような場所に身を置くと、「畏怖」という言葉を頭で考える前に、「畏怖」という感覚を肌身で感じないわけにはいきません。
なにも悪いことをしていないのに、ごめんなさいと先に謝ってしまいたくなるような、ものすごい迫力に圧倒されます。
ほどなくして噴気口群の真ん中に位置する丘に着きました。

今回はここを終着地とします。
今日はただ見上げるだけの旭岳も、いずれまた頂に立つ日が来るでしょう。
地獄谷から仰ぐ旭岳と、そのパノラマを。
地獄谷から仰ぐ旭岳とそのパノラマ
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(1227KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
周囲の雪を黄色く染めるほどの硫黄成分が吹き出すこの場所に長居は出来ません。
スキー場のトップまでの約1,100m、今シーズン最後の野良スキーを楽しみます。
旭岳を従えて、今シーズン最高の滑りを。

うーん、パーフェクト!。
出来すぎだ・・・。
一部では、kacchinはんがぼくの服を着て滑ったという説がささやかれているらしいが。
ぼく的にはこの直前に披露した、エビ反りV字開脚前転でコケたショットが欲しかったんだけど、アレを撮影するのはプロでも困難だろうな。
今日に限ったことじゃないんだけど、なーんもないごく平凡な緩斜面で、だれもが全く予測していないタイミングで、何の前触れもなくひっくり返るのがぼくのスタイルなもんで。
1,100mの野良テレのあとは、こちらのコースで下ります。

うむ。結論は先に書くとしますか。
この日うまれた新たなパフォーマによって、わたくしこと転倒王は失脚し、転倒新王が即位したのです。
華麗に滑っているように見えますが、すでにこのとき、Metaのコントロール権限はJ君の手を離れようとしていたのです。

その直後にクラッシュ。

なんとかコース逸脱だけはまぬがれた。

と思ったら次の斜面でコースアウト。

うーむ、、、しょうじき悔しい。
来年こそはぜひとも、ぼくの芸術的な縦回転系転倒シーンを撮ってもらいたいものです。
オープン斜面で構成されたBコースが終わると、後半は林間のCコース。
コース幅 5m~10mという無限小回りを強いられそうな狭小コースです。
前半で体力と汗を消耗したJ君は、ヤバいところは歩いて降りてくる作戦に切り替え、もっぱらkacchinはんの滑りを研究することに決めたようです。
kacchinはんの滑りから何かを学ぼうとするJ君

kacchinはんは今日も無転倒でした。
でもスキー場ではそれがフツーだそうです。
ワイスホルンのスキー場で300回コケたぼくはいったいどうすれば・・・。
いろいろあった今回のツアーも、この斜面を滑るとおしまいです。

勇駒別川にかかる橋を超えて、ゴールイン。

山の雪はまだまだ深いけど、橋の下の雪解け水はすでに山から里へと流れ始めています。
野良テレの終幕です。
濡れ雪に沈む里の山を捨てて、道内最高地点に舞う粉雪の夢を見たぼくたちだけど、ここ旭岳にも里と同様、春は公平に訪れていました。
でも嘆くことはありません。
こうして今年も春がやってきたように、遅かれ早かれまた冬はやってきます。
「山は逃げない」と昔の人は言いました。
冬には冬の、春には春の、そして夏にも秋にも、それぞれの山があります。
ぼくらが山を忘れない限り、山はずっとそこにあって、季節ごとに違った風景を見せてくれます。
雪が積もった白い山は、そのほんの一面に過ぎないんだということをこの言葉に感じながら、乾かしたシールをたたみ、今シーズンの野良テレをきっぱりと終えることにしました。
その他の画像
投稿者 hamayo : 22:57 | コメント (5) | トラックバック
2008年3月29日
旭岳で野良テレ終幕 #1:雪洞キャンプ
いつになく早い春の訪れにいちばん驚いていたのは、ヒヨドリでもヒメネズミでもエゾアカガエルでもなく、ぼくたち人間でした。
地上にも低層にも高層にも、このさき寒の戻りを示唆するような要素はまったく見当たらず、名残雪も降る時を忘れてしまったようです。
でもこれだけはあきらめるわけにはいかない。
雪洞キャンプは雪山遊びの集大成なのです。
雪洞を掘らずして春はやって来ないのです。
テレマークは滑るためだけにあらず。
冬の終わりを確信しようともそこに雪がある限り、ぼくらはスキーを履いて重い荷を背負い、森の奥へと歩いていけるのです。
これを今シーズン最後の野良テレと決めたぼくたちは雪をもとめて、北海道の屋根「旭岳」を目指すことにしました。

雪がなければ土を掘るのです
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
そもそもの計画は、北嶺山に行ったときから始まっていました。
しかしその後、近年まれに見る寡雪と3月に入ってからずっと続く高温により候補地は二転三転。
1週間前になってようやく、旭岳山麓の勇駒別(ゆこまんべつ)に決定したのです。
かつては道央自動車道の北のターミナルだった旭川鷹栖I.C.を下り、東川町の「スーパーチェーンふじ」で買い出しをしたぼくたちは、旭岳めざして東南東に車を走らせます。
秋まき小麦の萌芽が春を告げる穀倉地帯では、白一色の大地から土と緑の大地への場面展開が今まさに進行しており、自然と人間の営みに強いパワーを感じます。
やがて雪解けの水田の向こうに、雄渾なる大雪山が見えてきました。

忠別ダムをすぎてもなお積雪は頼りないものでしたが、天人峡温泉との分岐を越えた辺りからみるみる深くなり始め、勇駒別に着くころには誰ひとり雪の心配をする者はいなくなっていました。
雪洞を掘るのに適した沢地形を探し出すべく、夏期の大雪山登山のベースとなる旭岳青少年野営場に分け入ります。

レイルブレーカーとなってクロカンサーキットを進んでいくと、

目の前にコクーンが。

実はこれキャンプ場の炊事棟なのです。
ここに入って寝ればいいんじゃない? という案もでるくらい魅力的な物体でしたが、それじゃつまらんのでさらに森の奥へと進みます。
勇駒別川とは別に、山向こうの天人峡へと流れていく川の手前で、ちょうどいい塩梅の沢を見つけました。

ついにミックが八頭身に・・・。
場所さえ決まれば後はただがむしゃらに掘るだけです。
だけども今日は、ぼくとJ君は昼寝をしてればすべてが終わってるという、大臣待遇なのです。
というのも今回は、両腕がユンボで頭がブルドーザ、ロータリ除雪車の足を持つといわれる、現代のキメラのような男(ミスター kacchin)がいるので、ぼくとJ君はなにもすることがないのです。
すげぇーや、手で掘ってるよ。

なにもしてないと寒くなるので、kacchinはんが掘り出した雪塊を遠くに排出するのを手伝うために、少し体を動かします。
鬼に金棒、kacchinはんにショベル。

己の肉体を重機のように使ってきたkacchinさんはショベルを手にすると、うっとりした目でそれを眺めていました。
昨年のような氷の層が現れたりもせず、適度に柔らかい雪のため穴の内部はどんどん広がっていき、1時間後には早くも勝利宣言まで出るほど順調に掘り進めていました。
がしかし、人ひとりが入れるかなという大きさまで掘ったその直後、恐れていた事態が発生しました。
笹が出てきたのです。
しかもそのほんの数分後には、ついに地面までが顔を出したのです。
これでは到底3人分の容積を掘ることは叶いそうもありません。
かくなるうえは一人一穴に作戦変更。
ぼくとkacchinはんはすぐさま行動を開始しました。
今まで掘ってたすぐ横に、新しい穴を掘るのです。

よく見るとkacchinはんは、かなり危うい場所で作業しています。

一人きりでの雪洞作りは、作業効率が著しく悪いです。
二人以上いればバケツリレー方式が使えますが、一人だと「掘る」「出す」「捨てる」を全てこなさないといけないのです。
それでも今回は雪質に助けられました。
掘ること約2時間で、今夜のねぐら完成です。

Width:220cm、Depth:130cm、Height:100cm
3ヶ所の棚と2ヶ所の荷物スペースに、燭台とカマド、掘り下げ式玄関を備えた、2人でもじゅうぶん寝られる雪洞です。
kacchinはんの雪洞から見た、ぼくとJ君の雪洞。
それぞれの間隔は内部では 1mくらいしか離れていないでしょう。

J君とこは、最初にみんなで掘った穴を利用して左方向へと広げていったL字型雪洞です。
kacchinはんとこは、入口から上へ向かって掘り進めた結果、とてつもなく狭い雪洞になってしまい、まるで「急行きたぐに」の電車三段式寝台を彷彿とさせる出来栄えです。
まだ陽の高いうちに雪洞を完成させたぼくたちは、来るときに見つけたコクーンの中で夕食を食べることにしました。

メニューは今日もジンギスカン。

いつもと違うことがあるとすればそれは、肉しかないということです。
Mr.オクレは昔、ご飯をおかずにご飯を食べていたそうですが、ぼくたちはこの日、肉をご飯に肉を食べたのです。
葡萄の果実そのものよりもフルーティな小樽ワインが、肉また肉の波状攻撃に安らぎをもたらしてくれます。

雪洞での一夜を乗り切るのに十分な熱量を摂取したぼくたちは、さらに直接的に熱を得るために、旭岳温泉白樺荘に出掛けることにしました。
森の奥の雪洞を出て、アルペングリューエンに輝く旭岳を見ながら温泉宿へ歩いて出掛け、そしてまた雪洞へと帰っていくのです。
かつて十勝川をイカダで下ったとき、帯広市で映画館に入ったことがあります。
川から上がり、河川敷の土手を越えると、そこには17万都市が広がっていました。
イカダの上にときどき現れる蚊柱と同じくらいの密度で、通りを人が歩いていました。
そのとき感じた奇妙な感覚を、再びこの日ぼくは感じました。
夢の中で駈け足で走ろうとしてもどうもうまく足が回らない、というのに似た浮遊感です。
地続きの同じ平面上から移動するだけなのに、「こちら」と「そちら」との間には目に見えない霧のようなものが横たわっていて、その空間を通りぬけなければそれぞれの間を行き来することはできない。
そんな不思議な感覚がこの夜、雪洞と温泉旅館を往復するぼくをとらえたのです。
さて、露天風呂でたっぷりと湯浴みしたぼくたちは、再び雪の世界へと帰りました。
雪の斜面に穿たれた暗い穴に、ろうそくの明かりがともります。

天頂では、ぎょしゃ座のα星カペラが鋭い光を放っています。

そのむかし太陽の数千倍の直径があると想像されていたアル・マーズも、そのすぐ脇で輝いています。
ろうそくを灯したままシュラフにもぐり込み、うとうととしていました。
やがて火が消えると、雪洞の中に月光が差し込んできました。
青白い月光を浴びながら、雪洞の夜は更けていきます。
その他の画像
投稿者 hamayo : 23:13 | コメント (3) | トラックバック
2008年3月18日
シャクナゲ岳でバク転
3月も半ばをすぎて、雪も天気も安定してくるこの季節、春の野良テレ第一弾として狙っていたのはこの山でした。

ところがここ最近の暖気によって、取り付き点の雪は腐るどころかほぼ消えており、あたりは泥濘のプールと化していました。
露わになった地面からは、フキノトウが顔をのぞかせている有り様です。
たしかに3月に入ってからの当地方の降雪状況は、1日に少し降ったきりであとはほとんどゼロ降雪。
3月2週目の、道内22地点での平年値比較では、気温が 4.3度プラス、降水量19%、日照時間155%と、1ヶ月以上先の気候です。
あまりにも早すぎた春の訪れが、町だけじゃなく山の時計も狂わせてしまったのです。
しかたがない。
標高800mからスタートできるシャクナゲ岳にいこう。
そして去年の雪辱を果たすのだ。
あそこなら少なくとも地面が出ていたり、泥の海が広がっているようなことはないはずです。
こてんぱんにヤラレタ・・・
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
奇しくも昨年J君と行った時と同じ3月中旬。
でもあの時とは何もかもが違いました。
気温は高く、風も無く、雪が降る気配はどこにも見当たりません。
そして足もとの雪は、食べ残した「かき氷」のようにグズグズに緩んでいました。
朝9時の段階でのこの雪質が、午後になればさらに酷いものになることは容易に想像がつきます。
でもここまで来たら、もう行くしかありません。
上部の雪に賭けてみましょう。
リフトの終点には今シーズン初の野良テレで、敷きモノとして、風防として活躍した選挙ポスターが出迎えてくれました。
いやー、マッチ若いなぁ。

シズちゃんはこの頃からすでに死相が出てますな。
リフト駅のすぐそばには大型の山岳テントが設営されていました。

冬期キャンプのベースとしてはなかなか恵まれた場所ですね。
平らだし風は避けられるし、山々は近いしエスケープも容易だし。
昨年同様、チセヌプリとシャクナゲ岳との間にあるコルへ向かって進みます。
前回は西寄りに進みすぎたために雪庇に行く手を遮られたので、今回は意識しながら東よりに歩きます。
チセヌプリの裾野をトラバースするような感覚です。
風はほぼ無風ですが、相変わらずものすごい速さで雲が流れていきます。
めざすシャクナゲ岳は、雲の中に入ったり出たりをくり返しているようです。
シャクナゲ岳が見え隠れ。

気温はプラスなのにもかかわらず着雪が進行しています。

過冷却水滴のパワーを感じる瞬間です。
コルに出るとそこは、かなり広い平原のような地形でした。

昨年来たときはあまりの悪天候と視界のなさで、ただの尾根としか思っていませんでしたが、これだけ広いと視界を奪われたらかなりやっかいなことになりそうです。
右側の丘には登らず、丘とシャクナゲ岳の中間地点に向けてまっすぐ進みます。
やはり今回も尾根に出たところから風が吹き始めました。
そのような場所であっても、足もとの雪質は水っぽいままです。
場所によっては、歩くたびにピチャピチャと妙な音が足もとから聞こえて嫌な気分になります。
ビーナスの丘の大岩を真横に見る高さまでは緩斜面を歩くと、いよいよシャクナゲ岳の急斜面の始まりです。
一本の木も生えていないツンツルテンの急斜面は高度感満点で、自分で自分に催眠をかけて恐怖を封じ込めつつ登っています。
怖いから振り返りたくないんだけど、後ろにはチセヌプリ。

チセヌプリも去年とは違って雪が少なく、ハイマツや岩場が出ています。
一方こちらのシャクナゲ岳、予想はしていましたが、風がまともに当たるこの山は急斜面に差し掛かった途端、ガチガチの雪面に変化したのです。
風に磨かれてフラットなおかげで、これだけ斜度があってもまだまだシールで直登できるのが救いですが、シールが利かなくなったが最後、滑落が待っています。
恐怖に打ち克つことより安全を確保するほうが大事です。
風の当たらない北斜面には少しだけ木も生えているので、慎重に右方向へ廻りこみます。
もし滑落しても、木に引っかかってくれることを期待して。
山頂までの僅かな距離が、なかなか縮まりません。

数日前のツボ足のあとが、石膏でかたどりされた化石みたいに残されていました。
遠くから低い音が聞こえてきました。
山頂で風が唸っているのです。
いきなり飛び出ると真正面から南西風をうけてひっくり返る可能性があるので、最後は前に倒れこむような体勢で頂上に出ました。
そして 11時30分、強風吹き荒れるシャクナゲ岳山頂。
昨年の仇はきっちり取りました。

カメラがこけたのはご愛敬(笑)
頂上に上がったとほぼ同時に、雲が晴れお日様が顔を出し、奇跡的に大展望が広がったのですが、この風の前ではそれを楽しむ余裕なんてありません。
網膜センサに風景を焼きつけて、山頂を後にしました。
でも事はそう簡単には進みません。
「山頂を後にする」ことの難しさに直面するのです。
いうまでもなくこんなガチガチな急斜面をマトモに滑って降りられるわけがなく、木の上から降りられなくなった猫のような気分で斜面の下をのぞきこみます。
結論として、シールをつけたまま横滑りで降りていくことにしました。
ところがこの判断は誤りでした。
シールのせいでエッジの利きが甘くなり、横滑りのまま加速を止めることができなくなったのです。
なんとか雪が柔らかい場所で制動をかけて事なきを得ましたが、いい勉強になりました。
教訓:
硬い雪のときは、怖くてもシールをつけた
まま滑るべからず
せっかくシールをつけたままなので、ビーナスの丘に登って大岩の陰で風を避けて行動食を摂りました。

ここからの下りは、斜度的にはぼくの技量にピッタリなので楽しみにしていたのですが、不規則に出現する「水を含んだ雪」というよりは「雪を含んだ水」みたいな雪質に七転八倒。
荷重をかけたとたん膝までもぐる雪は、「膝パフ」ならぬ「膝ぐしょ」なのです。
雪が腐るという言い回しがありますが、ここの雪はそんな生やさしいものじゃありません。
まるで長期政権の内部みたいに腐敗しきってるのです。
ついにはターンの最中に突然板がリリースされて、ぼくの長いテレマーク歴でも初となる バク転を喫してしまいました。
だれか動画で撮ってくれてれば、永久保存版になっただろうに・・・。
バク転で顔面制動すると、鼻の穴に雪が詰まるんです。
考えてみりゃ当たり前なんだけど、新鮮な驚きでした。
完全に戦意を喪失したぼくは、鼻の奥にツーンとした痛みを抱えつつ山を下りていきました。
昨年ランチを摂った林からは、デブリの向こうに羊蹄山を見ることが出来ました。

あらゆるものが冬をぬぎ捨てていきます。
どうということもない斜面に亀裂が入り、林のふちはあちこちで雪崩れて埋まり、ときおり風に乗って土の匂いが運ばれてきます。
シーズンに幕が下ろされたのです。
階段を2つ飛ばしで駆け上がるみたいに進んでいく季節に、うまく気持ちをあわせていかなくちゃ。
予定していた春の野良テレのいくつかは中止せざるを得ないけど、自然の中で遊ばせてもらう野良テレで自然の流れに逆らうわけにはいきません。
新緑のハイキングが近付いたんだと思えばいいのです。
あと8ヶ月もすれば、また雪の季節がやってくるのですから。
投稿者 hamayo : 21:52 | コメント (6) | トラックバック
2008年3月 6日
裏山 細板 野良テレ散歩
3月の声を聞くようになると、春の到来がうそではないことを実感するようになります。
太陽黄径は340度を超え、昼間の時間は日に3分ずつ長くなっていきます。
もう聞き耳を立ててその足音を待つ必要はありません。
目をこらして光の密度を計測する必要もありません。
高い木の梢の上に、ゆるんだ雪の下に、木の幹のぬくもりの中に、春の脈動をはっきりと感じ取ることができます。
今冬さいごの雪下ろしをしたあと、陽光降りそそぐウラヤマに野良テレ散歩にでかけてきました。
細板の魅力
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あてもなく雪の野山を駆け回るときは、太板もハードビンディングもいりません。
細板でウロコ板のクラシカルなテレマーク板に、3ピンビンディング。
2本合わせても、いつものロシ板1本よりさらに軽いのです。
倉庫の奥から15年ぶりに発掘されました。

かつてはこの細板でゲレンデに行ってたのですよ。
「歩くスキーじゃリフトには乗れないよ」などと、スキー場の人によく言われました。
「歩くスキーじゃなくて、テレマークなんですが・・・」と説明しても、「???」な顔をされたものです。
今日はいつもの尾根コースではなく、谷すじを奥までつめていきます。
いつかは毛無峠までたどりつきたくて、これまで尾根ルートの開拓を進めてきたのですが、雪の着いてない岩塔の出現により前進できなくなってしまったので、今回は谷ルートの偵察かたがたの裏山散歩なのです。
谷に沿って歩いていくと、堰堤の近くで未発見の廃屋を見つけました。

あれだけ高いところにママさんダンプを掛けてあるということは、冬の間にだれか訪れた、あるいは訪れるつもりだったということでしょうか。
想像がふくらみます。
堰堤を越えてさらに進むと、いよいよ谷幅は狭くなります。
光が届かない谷は薄暗く寒々しいです。
谷のはるか遠くに、毛無峠の山並みが。

しかし谷はどんどん狭くなり、左右の尾根からの雪崩の危険もあったので、右岸(山に向かって左側)の尾根に這い上がることにしました。
さすがにウロコ板では直登できないので、斜登行+キックターンでガシガシ登っていきます。
2m超の板でのキックターンはコツがいるけれど、あまりにも板が軽いので苦にはなりません。
尾根に上がると、正面に毛無山(548m三角点)がお出迎え。

ザックを下ろして休んでいると、鳥の声が方々から聞こえてきます。
ひときわ大きな声の持ち主は、見なくても分かるヒヨドリです。

すぐ目の前の梢では、コゲラが小さなドラミング音をたてています。

ツグミは集団でいました。
北へ帰る途中に立ち寄ったのでしょうか。

今年の春は、いつもより少し早いのかもしれません。
さて30分ほど休憩しましたが、あたりは夕方の色温度に染まり始めていました。
出発したのが遅かったので今日はここで終了です。
この先しばらくは、南へ向かって疎林の尾根が続いています。

地形図で見ると、この尾根の先に壁のような斜面が立ちはだかっているようです。
それはまた次回の楽しみにとっておきましょう。
ずいぶんと間延びした極地法的アプローチだけど、何年かかけて毛無峠を目指します。
谷を通らず尾根通しで下りていくと、植林されたエジマツの林に出ました。

いちおう手入れはされているみたいです。
そして帰りはいつもの裏山ゲレンデへ。
2mを越すダブルキャンバーの細板ですべると、いつもどれだけ道具に助けられてるかがよく分かります。
「イ」の字シュテムで強引にターン。
雪崩の破断面のようなシュプールを残して。

膝がしらが雪面をなでる感触を久しぶりに味わいました。
本当の春がやってくるまでには、まだまだ寒気が下りてくる日もあるだろうけど、春を待つ時間は楽しいものです。
命の息吹がみなぎる春の山に思いをめぐらせながら、もうしばらく雪を満喫したいです。
投稿者 hamayo : 07:53 | コメント (4) | トラックバック
2008年2月16日
憧憬 チトカニウシ 壁を越えるということ
チトカニウシ。
それは遠い過去(といってもまだ10年しか経っていないが)、ぼくの中に小さな‘ひっかかり’を残した「憧憬の山」。
スノースクートで遊ぶことに明け暮れていた北見勤務時代、ぼくは毎週のように通いつめていた北大雪スキー場から見える真っ白な三角の山が気になってしょうがなかった。
スキー場からだと真北に見えるその山は互いの位置関係のせいで、晴れた日にはいつも木が生えていない山頂部が白く光っていた。
輝いていたと言ってもいい。
それがチトカニウシ。
どうして突然、ぼくはこの山に登りたくなったのだろう。
ガイド記事を読んだわけでもなければ、しらみつぶしに地図を探したわけでもない。
「兆し」と呼べるようなものは、どこをどう探しても見あたらなかった。
だけどそれはまぎれもなく10年前のあの日、ぼくの中のある場所で産声をあげ、長い間だれの目にも触れることなくひっそりと成長を続けていった。
暗い洞窟の奥で、ひとしずくの水が静かに岩を打つ。
小さな音に気付くものはいなかったが、それは地の底で反響し、共鳴し、振幅を強め、やがて速度を増すと風になって、辺りのものを巻き込みながら洞窟の出口へと走りはじめた。
それは地底湖の水を引き剥がし、不運なコウモリの群れを吹き飛ばし、いくつかの貴重な鍾乳石をなぎ倒し、そのたびに勢いを強めていった。
惑星の重力でスイングバイする探査衛星のように。
あとには真空しか残らないような圧倒的な力を持った風は、長い旅路の果てに出口にたどりつくと突然停止した。
そしてゆっくりと、それはぼくに語りかけた。
「あの山に登るのは、今しかない。」
越えられない壁
↓↓↓↓↓↓↓
ぼくは今回、目的地を 1258ピークに定めた。
憧れだけで山に登ることはできない。
チトカニウシまで行くかどうかは、そこで判断する。
旭川紋別道が部分開通し、その役目を北大雪トンネルに譲った北見峠は、今や通る車もまばらな寂しい峠です。
チトカニウシ山へのルートはここが起点になります。
北見峠。AM 8:30
この時点では一番乗り、だったはずなのに・・・。

車道脇の雪壁を乗り越えると、二つの峰を越えた向こうに、あのときと同じ白く光るチトカニウシ。
長い一日の始まりです。
再会チトカニウシ。
電波塔ピークからの斜面だけでもじゅうぶん遊べます。

電波塔ピークに登っても、1258ピークとの間にコルがあるため下らなくてはいけません。
体力を温存するために、電波塔直前までは作業道を歩いて、ヘアピンカーブとなるところから向きを真東に変えてコルを目指すルートをとります。
ところが歩き始めてすぐに、作業道は吹き溜まりの海に呑み込まれてしまい、激しく波打ち、もはや道がどこにあるのか判別できないありさまです。
しかたなく尾根通しに913ポコに上がり、尾根の北側に入って雪が少なくなった作業道を見つけ出し、再度下りていきました。
ヘアピンからコルへのトラバースは、有視界であるがためにかえって迷いやすい場所かもしれません。
ヘアピンがある場所は、950ピークから北西に短く伸びる尾根の一角に位置し、北東に延びる主尾根(境界尾根)を尾根であると認識するのが難しいです。
さらに北北東方向の目の前には、主尾根と平行に走る尾根様の盛り上がりが見え、一見するとそれが 1258ピークからまっすぐに降りてきてるように見えるのです。
また、今まで歩いてきたコースからほぼ直角に向きを変えるというのも、感覚的に受け入れづらいために迷いが生じやすいでしょう。
GPSやコンパスと地図を使ってナビゲーションすれば、とりわけ問題なるような場所ではないですが、それらを使ってもなお自分の判断が本当に正しいのか迷いながら、コルがあるはずの場所へ向けてラッセルを開始しました。
徐々に右側から尾根筋が現れて、コルのやや北西に到着。

主尾根はやや急な登りがあるため、さらに北西よりに進み、950m等高線を越えたあたりで主尾根に合流すると、そこにはなんと立派なトレースと先行者の姿が・・・。
今までのラッセルの苦労は何だったんだ。

ぼくが出発したのとほぼ同時刻に、白滝側の駐車場から入山したスノーシューのグループがいたのですが、彼らは分かりやすい尾根筋一直線ルートで登ってきたようです。
見通しの良い平らな尾根を30分くらい歩くと、いよいよ1258ピークへの急な登りが始まります。
始めから傾斜はきついものの、厚めのモナカ雪のおかげでシールを利かせながらぐんぐん高度を上げていきます。
しかし高度1100mをすぎたあたりから、雪質に明らかな変化が現れました。
固く締まった雪面にスキーはまったく沈み込まず、深雪用の巨大バスケットを付けたストックは虚しく表面を引っかくだけです。
直登ではシールが利かず、斜登行とキックターンを何度も繰りかえし、約1時間かけて標高差300mの急坂を登りきりました。
顔を上げると、チトカニウシが真正面に立ちはだかっていました。

登りきったその場所は、1258mの標高点があるだけの、なんの変哲もない丘の上でした。
ぼくが目的地にしていた場所は、ただの雪の丘にすぎなかったのです。
ここはぼくが目指していた場所じゃない。
ここで歩くのをやめるわけにはいかない。
ぼくが立ちたいのは、モンスターの群れの向こうに聳え立つあの白い頂だ。
急坂を登り終え、体中から噴きあがる蒸気が濃紺の空へのぼっていくのを見つめ、息を整えます。
ほんのひとくち水を飲んだぼくは、休憩をとらずに歩き始めました。
1300mを越えると傾斜はきつくなり、さらに悪いことに、雪は千歳の岩のように堅く、シールが滑るようになってきました。
3歩進んで2歩下がるというのはまさしくこのことだなと思ったけど、それでもぼくは止まるわけにいきませんでした。
振りかえると足がすくむ。
後ろを見てはいけない。

1258ピークを出て30分。
ラストワンピッチ。
ついにモンスターが姿を現した。
大きいものだと人の背丈の何倍にも成長する白い化け物は、距離感覚を麻痺させます。

すでに両方のストックを頼らなければ前へ進めないほどに凍りついた雪面。
それはもはや雪なんかじゃなく、白い氷でした。
慎重に踏み出したはずの一歩も、ほんのわずかな氷の突起に足をすくわれて、空しく斜面をずり落ちてしまう。
それでもぼくには、登ることしか考えられませんでした。
今ぼくを動かしているのは、地底湖の水を引き剥がしたあの風です。
あとには真空しか残さないあの風が、意思を持ってぼくを衝き動かしているのです。
最後の最後まで傾斜が緩むことはありませんでした。
疲れ果てて、足元だけを見て登っていたぼくは、急に正面から風が吹いてきたことで、もう山頂は目の前にあることに気が付きました。
12:08。
もうこれ以上登らなくていい。

これより先に高みはない。
すべてはぼくの足の下にある。
この瞬間と交換可能な価値のあるものなど、この世界に存在するはずがない!。
チトカニウシからの展望
![]()
(1758KB;要Flash Player ver8;別窓で開きます)
いつまでもこの風景の中にいることはできない。
さらに困難な下りが待っている。
それを忘れてやみくもに登っていたわけじゃないけれど、白い氷の斜面を下るのは容易じゃありませんでした。
登っているとき一組だけすれ違った山スキーの男性は、ゴキゴキゴキと物凄い音を立ててぼくのそばに降ってきて、こう言いました。
「まったくサイテーの雪質だよ!
ぜんぜん話にならない」
そして今ぼくも、そのサイテーな雪の斜面をずり落ちながら、彼と同じことを考えていました。
ゴキゴキゴキ・・・。
スキーがこんな破滅的な音を出すのを、ぼくは今まで一度も聞いたことがありません。
でも先はまだ長い。
1258ピークをすぎ、急斜面に入る手前、ようやく雪が少しだけ柔らかくなったところで、昼食にします。
今日の料理はクッパです。

スープにご飯を投入してグツグツやる料理は、手軽だし温まるし食べやすいしで、これからの主力になりそうです。
こういった雑炊系の料理のバリエーションって、世界中にいっぱいありそうだし。
あるていど標高がある山特有の、藍色の空には一点の曇りもありません。
動いているものは何一つ見当たらず、時間が停止しているような錯覚を覚えます。
夢見心地の1時間半のあとは、コース中でも随一の急斜面が待っています。
まるで何かに祈っているかのよう。

結果は・・・。
想像してたほど悪いもんじゃなかったです。
いやむしろ、壁をひとつ越えることが出来た、そんな気さえします。
南斜面だけあって雪質はコロコロと変化し、そのどれもがまともな雪じゃなかったけれど、下まで見通せる延々と続く疎林のおかげで恐怖心が薄れ、いつもより大胆に飛び込んだのが良かったのかもしれません。
距離にして 1200mの斜面は、ボトム近くになってようやく優しい雪になりました。

ここまで降りてくればゴールは近い、はずだった。
ところが実はここからが、今回の行程で最も激しい消耗を強いられることになったのです。
それはとりもなおさず「登り返し」のせいです。
早めにシールを着ければ良かったのだけど、それは結果論です。
「行きに見たあの斜面やこの斜面も滑りたい」
その一心で、ハの字やニの字でがんばり、最後はスキーを担いで歩いたのです。
でも結局のところ、その頑張りに見合うだけの斜面ではありませんでした。
ま、そういうこともある。
這々の体でたどり着いた950ピークには、電波塔の長い影が伸びていました。
電波塔ピークの風景
![]()
(1045KB;要Flash Player ver8;別窓で開きます)
16時ちょうど、北見峠について振り返ると、チトカニウシは夕暮れ色に輝いていました。

山高きが故に尊からず。
こういう山のためにある言葉だろう。
たかだか 1400mちょっとの高さしかない山だけど、スキー登山のあらゆる要素がここにはありました。
それは雪質や斜面といった滑降にかかわる要素だけでなく、展望、植生の変化、ルートファインディング、そして歩くことの面白さといった、山にあるすべてです。
スキーの滑降に重きを置くなら、この山は頂上まで行く必要はないかもしれません。
1258ピークでじゅうぶんでしょう。
でもそれではやはり、決定的に何かが欠損していることに気が付かないフリをして下山することになると思います。
ピークに立つことにこそが意義があるなどとは毛頭思わないけど、登山において頂上に立つことは、シンプルでありながらも正義のあるべきひとつの姿です。
ま、そうはいっても今回のパーフェクトな山行は、徹頭徹尾この弩級の快晴がもたらしてくれた僥倖であることは疑いようがありません。
ひとつ問題があるとすれば、ここまで満たされた山旅を経験してしまうと、しばらくは山に出掛ける気が無くなってしまうことかな。
投稿者 hamayo : 22:06 | コメント (8) | トラックバック
2008年1月24日
冷凍庫よりも寒い! 寒気の底に沈む北嶺山
サンピラー(太陽柱)
<引用 src="Wikipedia:太陽柱(サンピラー)">
雲の中に六角板状の氷晶があり風が弱い場合、
これらの氷晶は落下の際の空気抵抗のために
地面に対してほぼ水平に浮かぶ。
このほぼ水平に浮かんだ板状の氷晶の表面で
太陽からの光線が反射され、太陽の虚像として
見えるのが太陽柱である。
</引用>
気温 -21度。北北西の風 風力1。
道央自動車道 野幌SA がある江別市で、この日の明け方に観測された気温です。
同じ日に今シーズンの極値、-34.6度を記録した江丹別には及ばないものの、この低温は非日常的な光景をぼくらの前に描いてみせてくれました。
太陽の吐く息がみるみる凍り付いていくかのよう。

本日めざす北嶺山は、比布町と愛別町との町界線にある 671mの小さな山です。
西斜面に「ぴっぷスキー場」を抱え、またパラグライダーやハンググライダーのテイクオフ場もあり、林道が山頂まで続いています。

林道の延長距離は 4.8kmほどありますが、上記トラックログにあるように随所でショートカットできるため、実際には 4kmも歩きません。
ところが、下りのトラックが 3.6kmしかないのに比べて、登りで記録されたのは 4.3km。
なんやかやでの寄り道が積もりすぎたようで・・・。
比布北I.C.のランプウェイを降りたら、その場所がもう登山口です。

9時過ぎの太陽はまだまだ低く、なおも気温は -20度を下回っており、ダイヤモンドダストがきらきらと輝いています。
林道からはすぐに離れ、美しい二次林を登っていきます。
木々のあいだをすり抜けてくる、か細い陽光をひろいながら。

あとで分かったことだけど、結局この日の比布町の最高気温は、15時に -14.5を記録。
登山中は終始 -20度前後の中を歩いていたことになります。
それでも燦々と降りそそぐ太陽、そして無風のおかげで、この時期としては信じられないことに、上半身はキャプリン(下着)いっちょでちょうど良い塩梅です。
さすがに汗はかかない。

ときどき歩くのをやめて耳をすましてみます。
でも何も聞こえてきません。
空気を振動させるものはなにひとつ無いのです。
風のない森には音がない。

青い空が白い雪面に青い影を照らす。

標高が上がってくるにつれて、シラカバも混ざってくるようになります。
白一色の雪面に落ちる影が、やわらかい起伏を浮かび上がらせてくれます。
森の影が描く五線譜に、一歩いっぽ音符を刻んでいく。

歌うは我らがグラムスター、Gary 'J' Glitter

森を抜けて林道に出ると、まっすぐな一本道の先にスキー場のゴンドラ駅が見えてきます。
たぶん向こうからはこちらに気が付いてないでしょう。
普通の人は、リフトサービスがある山にわざわざ歩いて登ってくる人がいるなんて、想像してないでしょうから。
一本道を登りつめて、スキー場のロープが見えてきたら、再び森の中へ。

あいかわらず斜度はゆるく、軽快に高度をかせいでいきます。
ふり返ると木々の間から上川盆地が見え隠れし、尾根上からの眺望に期待が高まります。
ゴンドラ駅の下にある茶室のような東屋をすぎ、しばし林道沿いに進んでいくと、頂上尾根の一角に出るべく斜面をあがります。
ここまでくれば木々の密度は極端に低くなり、下界の風景が徐々に水平方向への広がりを見せ始めます。
西の山から雲が湧き始めるのを認めたので、天気が崩れないうちに南の展望を撮影しておきました。
北嶺山南斜面、630m地点からの上川盆地

(361KB;要Flash;別窓で開きます)
頂上尾根に飛び出すと、上川盆地の大展望、そしてパフパフのオープンバーン。

はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと一歩一歩。
頂上の大きな東屋が見えてくるころには青空は後退してしまいましたが、雪が降ってくるような兆しはまったくみられません。
そしてちょうど正午、山頂に到着です。

下界の景色は言うに及ばず、今まで見えなかった和寒山や斑渓山も間近に見え、みな思いおもいに写真を撮りました。
歩くのをやめるとやはり急激に寒さを感じます。
kacchinさんに立派なテーブルと椅子を作ってもらい、ランチの時間です。
今日のメニューは、ビビンバとアジアンコーンスープ。

事前にメールでJ君から、「お隣の国の人気メニューを作るで」と聞いてたので、クリームコーン缶にネギ、オイスターソース、鶏がらスープ、タマゴ、酒、ごま油、各種スパイスを加えて、アジアンテイストに仕上げてみました。
久々に帰ってからのナルゲン洗いに骨が折れるスープです。
kacchin工務店の力作のおかげで、-15度でも快適なツララ食堂。

無風の山頂はあまりにも気持ちがよく、1時間半も長居してしまいました。
その間に頭上を覆っていた雲のかさは取れ、ふたたび青い空が広がり始めています。
CATの付けたスロープの向こうには大パノラマ。

その先のバーンは、白と青だけの世界。
小さいシュプール、大きいシュプール。
今ここに立って生きているというだけでもう十分だ。

だけど試練は待ち受けている。
いうまでもないが。
今シーズンも、Rossignolはんへのサービスショット。

あいかわらず、どういう具合に体がなってるのか想像ができませんな。
どうやったらこんなコケ方が出来るんだ。
罠に掛かったどうぶつ。

てゆーか、よくこんな所テレマークで抜けようと思ったものだ。
この山は上部はけっこう良い斜面があったし、雪質もよく、間違いなくいつもより快調に乗れてたんだけど、どいつ(kacchinはん)もこいつ(J君)も転倒シーンばっか撮ってるんだもんなー。
さっさと先に行ってしまうぼくも悪いんだけど。
と思ったら、なんか一枚イイ感じの写真が出てきたぞ。

ターン後半の激しい外圧に耐えるアンギュレーション。
筋力に頼らない力強い体軸。
でかした!、J君。
・・・にしては雪煙がひとつも上がってないな。。。
ようし!、ターシケテ~、フォトショ~ップ!。
さて、あれだけ登りに時間がかかっても、あっという間に下りてこられるのがスキー登山のいいところ。
15時ちょうど、太陽めがけて最後の滑り。
まっすぐのびる北五線道路が輝いていました。

今日もいっぱいコケたけど、雪質に助けられていつも以上によく滑れたので大満足。
めでたしめでたし・・・ では終わらないのです。
テレマークをやり始めた初期の頃から使っていた、LEKIのポールがついに折れてしまったのです。
野良テレだけでなく、夏山やクロカンやゲレテレにも使ってたので、耐用年数はとうに過ぎていたと思われます。
いつも「今日は折れるかも」と、気にかけながら使っていました。
バブル絶頂の頃のド派手な蛍光ピンクと蛍光イエローのカラーリングで、内心ちょっと恥ずかしいなぁと思いながらも、直接手に触れる道具だけに愛着はひとしおでした。
でも仕方がない。
もう十分だ。
もしかすると、ぼくの足の骨の身代わりとして折れてくれたのかもしれない。
そう考えることにしよう。
何はともあれ、下りてこられて良かった。
遊びだからこそ安全第一なのです。
ペラリ山でのペラリ事件でもお世話になったけど、プラスチックテープは万能選手です。

そのほかの写真
↓↓↓↓↓↓↓↓
投稿者 hamayo : 23:18 | コメント (3) | トラックバック
2008年1月17日
狩勝山の白さに魂を奪われた朝
目が覚めたのは寒さのせいだ。
テントの入り口を開けて見上げると、夜明け前の空の所有権をめぐって星々と太陽とが争っている。
幾千もの星が核融合の炎で輝いているというのに、ぼくたちにその熱はまるで伝わってこない。
だからぼくは太陽を応援する。
風の咆哮は昨日にも増して高く響いている。
この風の向かう先に、きっと温度のブラックホールがある。
質量はない。
世界中の温度を奪い取ろうとする、絶対零度の特異点があるだけだ。
その特異点がもしも地球外にあるのなら、この星は救われるかもしれないな、などと思いながら風を見る。
やがて太陽は勝利をつかみ、ぼくたちは生き返りました。

生きていることに感謝する朝
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
J君のBARIGOは極低温下では正常動作しないらしく、昨日は突然リセットが掛かってました。
なので正確な気温は分かりませんが、高く見積もっても -20度にはなっていると思われます。
昨夜から吹き続ける暴風はさらに体温を奪い、体感温度はそれをはるかに超えています。
テントの中は霜の世界。
大黒柱は、この細い一本のアルミポールです。

朝食はお汁粉です。
もちろんアンコは十勝小豆。
これがまた重かった。
まだまだ正月気分。

顔は汚いが餅はきれいだ。(ジェームスだけど)

それともうひとつ、J君が持ってきたピザパン。(ミックだけど)

お汁粉にピザというミスマッチは、山ではなんら違和感ありません。
むしろ塩昆布代わりのピクルスに、助演男優賞をあげたいくらいです。
お汁粉で体を暖めたら、山頂を極めるべく空身で出発します。
極めると言っても、目と鼻の先ですが。
早朝の光を浴びて、ツボ足で一歩一歩。

風に叩かれクラストした雪面だけど、不用意に荷重をかけると雪の下の笹薮の空洞に引きずり込まれるという、難儀な登行を強いられます。
絶対にスキーでは踏み入れたくない雪面です。
稜線上では風はさらに強く、ときどき体を倒されます。

頂上は目前。

山頂に着いてまず目に飛び込んできたのは、白く輝く狩勝山の麗姿でした。

天の川をはさんで向かい合う織姫と彦星のように、狩勝峠をはさんで佐幌岳と対峙する狩勝山。
夏道がないせいか佐幌岳ほど登る人もいないようだけど、なかなか美しい山じゃないですか。
ぼくが初めて読んだ小説はたぶん、北杜夫さんの「白きたおやかな峰」です。
ディラン峰とは比べるべくもないけど、狩勝山の白い輝きはぼくにあの小説を読んだときの記憶をよびおこしました。
832m峰からの狩勝山

(469KB;要Flash;別窓で開きます)
東に目を転じれば、雪煙の向こうおぼろげに、地平線まで広がる十勝平野。

きっとあちらは十勝晴れだ。
テントへの帰り道。
ココロのおもむくまま、好きな場所にテントを立てられるのが冬山の魅力です。

気が付けばもう10時半。
時間はあっという間に過ぎていきます。
それが楽しい時間ならなおのこと速く。
こんな寒いところからさっさと退散したい気持ち半分。
名残惜しく去りがたい気持ち半分。
荒れ狂う風に翻弄され、決して平和とはいえなかったけれど、安全な一夜を過ごさせてくれた HEX3に感謝しつつ、撤収しました。
サンクス、HEX3。

さてこれからは転倒王の時間です。
だけど残念ながら、今日ばかりはこけるわけにはいかない。



それはJ君とて同じ事。
こんな笹ヤブ斜面で顔面制動でもしようものなら。

一度は尻餅ついたけど、安全第一で神田鍋を守りながら。

こうしてマイナス20度でのチャンコ鍋キャンプは幕を閉じました。
それはそれは非日常的なナベでした。
ふざけてるように見えるけど、本人達はいたって真面目にチャンコ鍋キャンプを楽しんでいます。
やはり冬のキャンプと鍋料理の相性はピッタリでした。
そしてもうひとつ、HEX3の実力をしっかりと体感できたのも大きな収穫です。
マイナス20度でのチャンコだから結露は必至だけど、ひとたび幕体の下部を開けて風を入れればたちどころに湯気が消えてゆく、ウワサに違わぬ換気の良さ。
脱ぎ着が面倒なスキー靴を履いたままズカズカ上がりこんだり、炊事や調理の排水をそのまま捨てられたり。
「冬のキャンプに'底'は不要」は、正しかったです。
重たい山岳テントから脱却できることで行動範囲が広がるだけでなく、そのことが分かっただけでキャンプへの思いもぐっと広がります。
そう何度も冬の山で寝泊りする機会はないだろうけど、いずれまたHEX3には活躍の場が与えられることでしょう。
神田鍋もまた同様に。
それまで少しのあいだ、オヤスミナサイ。
オマケ!

帰りに寄った湯の沢温泉で卓球ざんまい。
J君もぼくも中学時代に卓球部だったため、「両面アンチラバー」という斬新なラケットしかないここでも、温泉卓球とは思えぬ好ゲームを繰り広げたのです。
あまりにエキサイトしたおかげで、週明けはなぜか足ではなく右腕が筋肉痛・・・。
投稿者 hamayo : 20:48 | コメント (3) | トラックバック
2008年1月16日
狩勝峠を見おろす山頂で、チャンコキャンプ
真冬にキャンプをするのなら、とびきり寒い場所でやった方がいい。
言葉さえもが凍りつくような酷寒の夜をすごしたあとに見るサンライズに、ぼくたちはなにを思うだろう。
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・キャンプなんだから天気が悪いのはイヤだ
・朝起きたとき、昇る太陽が見たい
という、子供のような要求を満たす山をぼくたちは探しました。
冬が最も厳しくなるこの時期、晴天率がバツグンに高いのは十勝地方です。
そして日が昇る東の方角がひらけている山でなくてはいけない。
となれば、上川-十勝の国境付近がその条件を満たします。
その中から、J君が昨シーズンにいちど行った事がある、狩勝峠近傍の通称DoCoMo山(832m峰)が選ばれました。

その名の通り、山頂には NTT DoCoMo の基地局があるため夏道があり、天候急変などの不測の事態が発生しても、わりと安全にエスケープできるというのも、選ばれた一つの要因です。
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「チャンコ鍋が食いたいなぁ」
何気なく言ったぼくの言葉は、J君に何の迷いも躊躇いも引き起こさなかったようです。
すぐさま「チャンコ鍋に決定」のメールが返ってきました。
しかしメールには、「鍋はワシが持つから、仕込みは全部hamayo君たのむで」の文。
一旦は決定されたチャンコ鍋計画が否決されそうになりますが、J君からの「しゃーない、鶏団子はワシが仕込むわ」メールによって計画は一気に前進、3分の2以上の賛成票が得られたため本案は再可決されました。
日帰りで野良テレにおもむくときは、たいてい日の出前に出発して明るい内の行動時間を確保するんだけど、今日は山でキャンプをするのが目的なのでいつもより遅いスタート。
9時にJ君の家に集合です。
でもこれが後になって、大きな負債となってのしかかってくる事になろうとは、想像だにしていませんでした。
日本酒を直接火にかけてはならない
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江別~岩見沢の大雪が引き起こしたタイムロスは、富良野での楽しいランチを生協のロング焼き鳥に化けさせるほどに大きく重いものでした。
でもその先には、このタイムロスがまだまだベイビーに思えてくるほどの、さらに大きな壁が待っていたのです。
車を停める場所がない!。
ないことは分かってたけど、ここまで雪壁が成長しているとは思ってませんでした。
大誤算です。
激烈な寒風を受けながら、雪壁を掘り進む。

登り口にしてすでにかつてのシャクナゲ岳を思わせるような強風が吹き荒れていて、今夜のテント泊の大変さを思わずにはいられません。
3.98mのボディを納められる分だけ掘り終わるころには、時計は14時40分になろうとしていました。

今だから分かることだけど、じつはここがいちばん雪が深かった(笑)。
夏場は車が通れるだけの道だけに、傾斜はゆるい。

右に左にとヘアピンカーブが続く九十九折の道なので、スキーを履いたぼくたちは当然ショートカットを試みます。
しかし今年の少ない積雪のせいで、埋まりきらないヤブに難儀する羽目に。

だいぶ近道したはずだけど、J君の頭上山頂まだ遥か。

そしてJ君の頭上にあるのは山頂だけじゃない。
それはレジェンド・オブ・ハザード、「神田鍋」です。
今から15年前、ぼくのアパートの玄関で 7色のカビとともに世を去った「神田鍋」が、いま再び現代に蘇ったのです。
さて、ショートカットをしながらさらに高度を上げていくと、いつのまにか狩勝峠が水平に見える高さまで来ていました。

ちなみに今回、J君が後方に写っている写真が多いのには理由があります。
J君は風邪をひいてるんです。
治りかけとはいえ、終始ゴホゴホと咳をしていました。
車の中ではぼくが持参したマスクを付けてもらったくらいです。
もちろんそれは、決してぼくに風邪をうつすなよ、という強い意思表示ですが(笑)。
ヤブを抜けると、見晴らしもずいぶん良くなってきました。
鍋と佐幌岳とマックパック。(Kiwi meets Japanese pan.)

お約束

てゆーか、西の空が茜色なんですが・・・。
夕闇迫る中、最後のひと登り。

どんなに風が強くても、局舎の基礎部分の蛸壺に隠れられるから大丈夫とJ君が言っていたが、荒れ狂う風はすべてその蛸壺に向かって吹き、そして抜けています。
ナベだけはテント内じゃなく局舎の陰でやろうという目論見は、完全に当てが外れました。
ヤブが切れていて暴風から逃れられる、ほんの小さな場所を東斜面に見つけ HEX3を立て始めたのは、16時30分になるころでした。

すぐさま宴の準備を始めます。
腹もへってるけれど、なにより寒くてしかたない。
いとしい神田鍋にそっと手を置く厚着のダルシム。

平地でのキャンプなら、冬にはもってこいのメニューではあるけれど、荷物を背負って上がる厳冬期の山キャンプでは、それはたぶん、「やりたいけどさ、やっちゃいけないよね」なメニューの筆頭です。
でもチャンコ鍋にして良かった。
口に入れるまでの苦労は、たった今すべて報われました。
そして熱燗。

これは「燗」じゃない。
この後フランべ状態になり、あわや大惨事に。
14度程度のアルコールだけど、日本酒って引火するんだ・・・。
だから湯煎で燗にするんですな。
食って飲んで体を温めたら、冷えないうちにシュラフにもぐります。
基地局のアンテナにぶつかる風が、野獣の咆哮を彷彿とさせる夜。
シルナイロン一枚で遮られたテントの中の平和は、明朝まで維持されるのでしょうか。
つづく
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2008年1月 9日
朝里峠で、GPSに気付かされたコワイこと
正月休みもあけて、今年も仕事がんばらないぞと誓う間もなくすぐ日曜日がやってきました。
土曜日はなかなかの好天だっただけに、今日も引き続きその恩恵にあずかれるのかと期待が高まりますが、やはりというか何と言うか、吹雪です。
風雪強シ、です。
早々に今日の外出をあきらめて、溜まりに溜まった休み中のメールチェックに2時間くらいかけてると、窓の外が青く明るく光ってる!。
気象庁の短時間降水予想図を見れば、15時くらいまでは降ってもチラチラくらいかも。
ってことで大慌てで準備して、もともと予定していた朝里峠へ向かいました。
今日の野良テレの目的は、2つあります。
・GPSレシーバの挙動を確認すること
・非自立式テントの深雪での設営
どっちも別に山に行かなくても出来ることだけど、そこはやっぱネ、日本全国酒飲み音頭とおんなじで、何かと理由付けして山に行きたがるんですよ。
11月ぅは何でもないけど山に行けるぞ~
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がしかし、峠について準備を始めたとたん、あっという間に厚い雲が押し寄せ日は陰り、雪が風を伴って吹き付けてくるじゃないですか。
このタイミングのよさには、さすがのぼくもタマゲました。
ぜったい誰かがどこからか見ていて、スイッチを押したんだ。
さもなくば何かセンサみたいなのがあって、それを踏んでしまったに違いない。
やれやれ・・・。
南側の国際スキー場~朝里岳方面は、スノーモビルの爆音が響き渡っていておっかないので、北側の小山を目指すことにしました。
GPSの精度を確認すべく、あえて旧道→林道というコースを選びます。
むかしは車も通ってただけあって、旧道はとてもゆるい勾配で朝里峠トンネルの上を進みます。
そして旧朝里峠の小樽側にある、かつては走り屋がこぞって訪れたであろう九十九折へと下っていく手前で、林道への分岐になります。
林道に入ると下り勾配が少しの間続き、やがて送電線の下に出ます。
雪の降り方も弱くなってきました。
ここは 2ルートの送電線が走ってるので、かなり幅広く木や笹の刈り払いがされており、イイ感じのゲレンデが左右に広がっています。
が、すでにモビラーに食われてズタズタ。

ここから北北西に進路をとれば、緩斜面の滑りと絶景が楽しめる屏風岳方面へ。
でも今日は時間が遅いのでそれはまたの機会ということで、急角度に進路を東南東へ向け、道なりに林道をつめていきます。
地図に載っていない細い道を左に分けて送電線下を進むと、晴れてれば見通しの良い直線の登り坂に差しかかります。
ふたたび雪の降り方が激しくなり、さらに風の通り道なのか冷たい風が吹き荒れて、登りなのに寒気を感じるほどです。
休み休みひざ下ラッセルをこなして登りつめれば、あとは平坦な林道歩き。
772峰の山頂は林道から外れた南側にあるので、GPSの画面を見ながら、いわば近日点を狙って林道から離脱します。
林道を外れるといきなり腰上の猛ラッセルとなり、溺れそうになりながら這い上がっていくと、見覚えがあるだだっ広い山頂が見えてきました。
カシミールから Venture HC に Waypoint を登録する際、Proximity を設定することができたので、"50m"で登録しました。
Waypointの半径50mに近付くとアラームが鳴る予定です。
ところが真上に来ても音は聞こえません。
帰ってから調べてみたら、[Proximity Alarms]のチェックを入れ忘れていました。

出発からちょうど1時間で、今は14時30分。
今日の日没は 16時15分なので、テントの設営と撤収にはあまり時間を掛けられません。
今回持ってきた GoLite の HEX3 というテントは、いわゆる「参天」と呼ばれているティピーみたいな底なしモノポールシェルタで、ペグダウンしないと立ちません。
しかも仕様的には3人が寝れるだけの底面積があるので、かなり広く整地しないとテントが立てられないのです。
風の当たらない東側の窪地を選び、ツボ足で踏みこむと、胸下までもぐる深雪。
サラサラ粉雪なので、スキーでいくら踏んでも固めることが出来ず、結局スコップで雪はねです。
粉雪は軽くていいんだけど、掻いても掻いてもすぐに周りが崩れてきて、まさにアリ地獄。
いやぁ、ママさんダンプが欲しい。。。
そんなこんなで約30分掛けて、HEX3は立ち上がりました。

立ってるというよりは、埋まってるように見えますな。
参天はペグダウン命です。
きっちりペグを打てさえすれば、竜巻に遭ったって大丈夫(だったらしいです。マジで)。
しかし土の地面ならともかく、フカフカの雪面ではなかなか固定できません。
ということで、3種類のスノーペグを用意して実験。

結果、単体でいちばん強かったのは、CD-ROMでした(笑)。
サンドアンカーは固い雪の塊を包んで沈めてやると、実用強度が得られました。
ただどちらの場合も、シュリンゲをくぐらした枯れ枝の補助として使うので、その意味では甲乙付けがたいです。
いちばん金が掛かってる MSR ブリザードステイクは、今回のように埋めて使う場合にはまるで無力でした。
ブリザードステイクの名誉のために補足しておくと、本来の雪面に突き刺しての使用では、深雪の底にあるような締まった雪でなくても、あるていど踏み固めた雪ならば、水平方向からの引張り強度はかなりのものがありました。
全長24cmと大ぶりながら、24gという軽さが魅力です。
深雪での参天設営実験では上々のデータを採集できたものの、予定時間を大幅にオーバーしてしまいました。
日没までの残り時間は1時間を切り、あたりは薄暗く、風雪も強いため視程は200mていど。
帰り道の選択肢は二つ。
・来た道を戻る
・スタート地点まで一直線に向かう
前者はルートをロストする可能性は低く、GPSのトラックバック機能を使えばナビゲーションしてもらえます。
ただゴールまで 1時間かかり、間違いなく日没に間に合いません。
後者は水平距離はかなり短いけど、カンジキでも躊躇するような密林、かつ急斜面。
晴れていれば駐車車両も見えますが、吹雪で視界悪く、GPSだけでなく地形図とコンパスを併用したルート取りが必要です。
ぼくはときどき、自分の気を引き締める意味もあって、いわゆる遭難本を何度も読み返したりして、日頃から冷や汗をかいたりしています。
古今東西の遭難事例を見ると、こういったどちらを選んでも小さからぬ危険が潜んでいるような選択肢しか選べないような状況は、すでに遭難の一歩手前まで追い詰められている判断されるのです。
道路からちょっと入ったくらいの名もない山で、遭難なんて起きるはずない、と考えてしまいがちですが、過去の重大な遭難事件のいくつかは、人間の生活圏の目と鼻の先で起きているという事実を忘れてはいけません。
さて、逡巡すること3分。
ぼくはスタート地点までの最短距離で下山する道を選びました。
南西に向かって進みなさい。

もちろんちゃんと戻れたました。
下るにしたがって雪も止み、視界も利いてきました。
だからこうして記事を書いてるわけですが、家に帰ってからGPSトラックを地図に落としてみて、びっくりしました。

これはもしかして、一種のリングワデルングなんでしょうか。
まっすぐ進んでいるつもりだったのに、なぜか反時計周りに・・・。
一般的にリングワンデルングが起きやすいといわれる平原のような場所ではなく、わりと勾配のきつい斜面ですから、じっさいこのまま進路修正せずに環形に歩いたとしても、必然的に下り→トラバース→登り、となっていくので必ず気付くと思いますが、ちょっと背筋が寒くなりますね。
そしてもうひとつ、以前来たとき(昨春)は完全に雪に埋まっていた沢が、今シーズンはまだ水を流していて、最後の最後でちょっと難儀しました。
スノーブリッジを探して。

ということで、軽い気持ちで出掛けた実験的野良スキーでしたが、実験データ以外にも色々と得るものが多かった休日でした。
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2007年12月28日
ポン乙部山(828m峰)にて転倒王かく戦えり
ポン乙部山の山頂があまりにも居心地良かったので、1時間半も滞在してしまったぼくたち。
いくらスキー登山は下りが早いといっても、16時前に日没をむかえるこの時期、あまり長居はできません。
今日の山の雪は、どんな転倒を演出してくれるのでしょう。
転倒王に強敵あらわる!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
尾根上の疎林は、すね下パウダーだったおかげで、転ぶことなく快適に滑ってこられました。
ところがなんと、転ぶことにかけてはちょっとうるさいこのぼくを黙らせる、すご腕のパフォーマがいたのです。
君はだれに操られてるのだ?

たぶん関節が5角形なんだな。
快調にマリオネットダンスを踊るミヨミヨ氏。

動画で撮ればよかった。
直滑降には自信があると、J君から聞かされていたが、真実でした。

でも止まれない。
糸の切れたマリオネット。

弁慶の立ち往生に匹敵するくらい、物悲しさただよう画ですな。
そして糸の切れたミヨミヨ氏は、J君に連れられて山を下りるのでした。
仲良きことは美しき哉。(実篤)

しかしこのまま黙っているわけにはいかない。
転倒王の名に懸けて。
パフ雪だった尾根上では見せ場を作れなかったぼくだけど、さいわいにも牧野ゲレンデは午後になって上がった気温のせいで、水を含んだいわゆる「ストップ雪」。
ハデな転倒が期待できるというもんです。
飛び込もうぞフォールラインへ。

粘度のあるこんな雪には、Soul Slide の DVDで見たツーステップターンだ!。
こりゃイカーーーン!

J君渾身の一撃により、顔面制動0.5秒前の奇跡的映像が捉えられました。
メリメリッ。

おっかしぃなー。
DVDを見た後はうまく滑れそうだったのに。
気を取り直してもう一度。
よし今度は、DVDで見たジャンプターンで悪雪をねじ伏せてやるわい。

ゴボゴボッ

おっかしぃなー。
夢の中ではうまく滑れたのに。
しかし体を張った顔面制動3連発をもってしても、ミヨミヨ氏のパフォーマンスには遠く及びませんな。
完敗だわ。
天然には勝てん。
そういやぁJ君のことをすっかり忘れてた。
今回は一度しか(目撃されたのは)転倒しなかったし、しかも写真に収められなかったので非常にツマラン。
次はもっと転倒芸に磨きをかけてきてもらいたいものですな。ふむふむ。
仕方がないから罰としてフツーの写真を載せてあげよう。
J君フツーに登場。

J君フツーに滑降。

J君華麗にターン。

そして次のカットで派手にコケてくれるとナイスだったんだが・・・。
J君フツーに退場。

あーそうそう、ちなみにこのオッサン、サンタ帽をかぶったままスキーをしてたことに気が付いてなかったんです。
なんか頭が暖かいナぁ、くらいにしか思ってなかったようで。
どいつもこいつも天然には困ったもんだわ。トホホ。
これにて2007年の悪天子爵、あるいは転倒王の戦いは終了です。
道具の進化に助けられつつも怪我に泣いた一年でした。
来年も転倒道を邁進しながら、安全登山を心掛けたいものです。
ではみなさん、2007年最後の暮色を穏やかにお過ごし下さい。
And have a great 'Nora' new year !

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2007年12月27日
ポン乙部山(828m峰)にて悪天子爵かく戦えり
華麗なマリオネットダンスに向けてイメージトレーニング中(爆睡中)のミヨミヨ氏を後ろに乗せて、車は北へ北へ。
ずいぶん前の天気予報から、この日は「穏かな日和になる」でしょうといわれていたはずなのに、深川を越えたあたりから急速に青空が後退しはじめ、剣淵I.C.を降りると完全に雪模様となっていました。
おっかしーなァ。
どこの予報を見てもこんなに雪が降るなんて書いてないのに・・・。
おかしいと思っているのはぼくらだけじゃない。
見よ!、早朝から雪かきをする和寒町民たちの、あの恨めしい目を。
「明日は晴れときどき曇り」と言ったはずの気象庁にたいする文句が聞こえてくるようではないか。
町民A:おっかしーなァ雪降るなんて言ってなかったのに
町民B:なんでもhamayo子爵が遊びに来てるって噂だど
町民A:それなら仕方ないな
町民B:んだんだ
さて、ポン乙部山(仮称)は士別市の最高峰、乙部山の西にある標高828mの平らな山です。
独立した山ではなく乙部山の稜線上のひとつの高みで、3つのピークからなる乙部山山頂部のもっとも西端のピークといえるでしょう。
夏道があるわけではないので、ヤブが雪に埋もれた積雪期に登るのがポピュラーだと思います。
「ポピュラーだと思います」なんて役に立たないガイドブックみたいなことを書いてしまったけど、今までに登った人がどれほどいるのか定かじゃありません。
たぶん、酔狂な地元の人がたまに訪れる程度の山かと思います。
コース

子爵よ、きみは何と戦っているんだ
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登り始めは町営の大和牧場の施設前からです。
準備をしてると、いつの間にか雪が止み、そして雲の切れ間から太陽が。

夏のあいだ周辺の酪農家から牛を預かって放牧させている牧場なので、冬期間は使われないようですが、施設前までは除雪がされていたのでそこに車を停めさせてもらい、未除雪の作業道に沿って奥へ進み適当なところから尾根に取り付く、というのが今回のプランです。
作業道は意外と傾斜が強く、あっというまに下界が遠く離れていきます。

そして雪雲は遠ざかり、空には青みも射してきました。
天気が悪くなるとキレまくる、ともっぱらの噂のミヨミヨ氏も天候回復の兆しにご満悦。

作業道を離れて尾根へと向かう斜面。
ついに太陽が顔を出し始めます。

しばらくは帰りの滑降(と転倒)が楽しみな緩斜面が続きますが、ダラダラした登りは重量の面でテレには分が悪い。
足もとが軽いメタっ娘にどんどん突き放されます。

斜面を上り詰めて、振り返れば絶景ゲレンデが。

もはや子爵の称号は返上せざるを得まい。
尾根に乗っかると向こうの景色が見えてきました。
コンパスを手に山座同定をするJ君。

あとはひたすら尾根をつめて行きます。
今までとは違って尾根の上は森になっていました。

アニマルトラックがいっぱいの森の中。

これもある意味アニマルトラック。
口さえ広ければ子供も入れるほどの広さでした。

森の中は日陰が多く、やや気温が高めなのにもかかわらずパフ雪がいっぱい積もっていますが、木々の密度が結構高く、メタ的には帰りも楽しめそうな疎林もテレマークとしてはギリギリかな。
静かな尾根の静かな森に、静かな光が差し込みます。

木々の向こうに明るい空間が見えてくると、いよいよ山頂が間近です。
森を抜けるとササ原に出て、そのさきにあるささやかな高みがポン乙部山の山頂です。

ポン乙部山山頂到着。めっちゃくちゃ素晴らしい眺め!。

写真じゃなかなか分からないけど、大雪の山々はもちろんのこと、遠く十勝岳とその噴煙までが丸見えの超絶景マウンテンだったのです。
ポン乙部山からの絶景

(222KB;要Flash;別窓で開きます)
ではでは念願の、「大雪の絶景を眺めながらのランチ」をとるべく準備します。
食事を作るアホサンタ。
なんかコワイ。。。

前日に旧マイカルに出かけたとき、おもわずぼくもサンタ帽を買おうかと迷ったんだけど、買わなくて良かった~。(笑)
本日のメニュー。
ぼくがナルゲンに入れてきたのは、ウイキョウとシナモンが隠し味の野菜スープ。
J君がタッパに詰めてきたのは焼き飯、それにサンビームの絶品ラムが入ります。

コーンの甘みが焼き飯の味を引き立てる、懐かしいオカンの焼き飯の味がしました。
寒いさむい冬の山でちゃんとしたものを食べるのはなかなか面倒ではあるけれど、冬山だからこそ栄養のあるものをしっかり摂りたいものです。
ま、天気が悪かったら即下山だったとは思うけど。
・・・後編に続く
投稿者 hamayo : 07:42 | コメント (2) | トラックバック
2007年12月19日
私をラッセルに連れてって
384時間も先の予報だからといって、眉に唾して侮ってはいけない。
GFSのモデルマップは実に鮮やかに、この週末に地上では雨が降る可能性を予測していました。
そう、今回も見事なまでに青空と太陽から見放され、今シーズン最初の野良テレマークは始まったのです。
拡大地図を表示
h:稲穂峠大渋滞。事故?
J:道路工事ちゃうん
h:工事にしては前から車来ん
J:動かんのけ?
h:時速5km
J:動いてるならヨシ
h:オケ
J:kacchinはんへ。hamayo君と待ち合わせてから
そっちに向かうけど、ちょっと遅れそう。
h:それ、ワシに送ってどないすんねん
J:間違えた!
こんなメールが羊蹄山の周りをグルグル回っていた15日、未明から降り続いていた雪はみぞれへと変わり、先乗りしていたJ君トコの板部新入部員kacchinさんによると、予定していた西昆布岳は視界悪く湿雪模様とのこと。
どうやらkacchinはんの雲取りバケツに不具合が生じているのは明らかなようで、いろいろと検討した結果、目的地はオープン前のチセヌプリスキー場に変更されました。
チセヌプリスキー場といえば昨シーズン、死の匂いがする無慈悲な風に叩かれたあの山域です。
だけど今回はまだ、スキー場のリフトサービスは営業していません。
つまり、リフトを使わずに自分の足でスキー場を登り、そして滑り降りてくるというのが今回の野良スキーツアーの概要です。
これぞまさに、Earn Your Turn!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
おお、懐かしやこの風景。

オープンは確か12月の第4週末なので、ピステンもまだ出番待ちです。
「リフト券売ってへんわ」

ルートは昨シーズン滑り落ちた、(オープン後も)未整地林間コースを登っていきます。
序盤は比較的なだらかなのですが・・・。
リフト乗り場が視界から消えると、あたりは冷たい冬山の景色です。

徐々に傾斜は増していき、壁と呼びたくなるような斜面があらわれます。
そして深い雪。
湿り気を帯びた、重くて深い雪。
ラッセル地獄の幕開けです。
たまらずkacchinはんが、メタからスノーシューに履き替える。

が、履いてりゃ軽いメタも担ぐと結構重いようで、すぐまたメタに戻しました。
傾斜はグングンきつくなる。
テレだとそんなにしんどくない。

消耗が激しいので、トップは3交代でラッセルを続けていくのですが、全面シールのテレ板を履いたぼくがラッセルしたルートを、メタは登れないのです。
テレ的には、限界寸前まで直登して最短距離を進みたい。
メタ的には、小刻みにジグを切りつつ登っていくほうが塩梅が良い。
ということでぼくがトップのときだけは、2番手のメタも別ルートでトップを歩くしかないのです。
しんどいのはトップだけ。
後続は景色を眺める余裕も。

雪の少ない林に逃げ込むも、重たい雪に変わりはないが、

見上げればわずかに太陽の光が。

やがて林を抜けると、忽然とリフトの山頂駅が姿をあらわしました。

よし、ここを山頂とす!。

人の住まないこんな山奥にも選挙ポスターが・・・。
そして待望のお昼ご飯。
昨シーズンの教訓を踏まえて、ナルゲンボトルには粘度の低い食材を。
J君が持参したのは、ペラリ事件釣り大会で好評だったサンビームのジンギスカン(粘度ドーノコーノ以前に固形物やんか)。
ぼくが持ってきたのは、エビちゃんたっぷりトムヤムクンです。
フライパンカーリング。
チーム小樽のハマリリンと呼んで。

トムヤムクンはスパイスをいかに入手するかがカギです。

むしゃむしゃ。

たらふく食ったら、食後のコーヒーをkacchinはんが淹れてくれました。
カップの大きさにずいぶん違いが・・・。
どれが誰のカップかすぐ分かりますな(笑)。
小さなつづらに幸おおかれ。

さーて、そろそろ滑りますか。
いやー野良スキーって、滑らなければ最高なのになぁ。
バタン!。

ふぬぅっ!

なんのなんの。
転んでナンボの商売やァ~。
J君もだいぶ転び方が様になってきましたな。

それに引きかえ、kacchinはんの滑りの華麗なことといったら。
こんな重たい深雪でも滑ってくんだもんなー。
ま、時々こけてらっしゃったようだけど、転倒の方はまだまだぼくの足元にも及びませんな(笑)。
なんだったら今度ぼくが、華麗な転倒についてコーチしてあげるか。
タダでって訳にはいかないから、代わりに華麗な滑り方について教わってやってもいいな。
うん、これは妙案だ。
雪まみれになりながら滑り落ちてきたぼくたちは、前回と同様に雪秩父のお湯にどっぷりとつかりましたとさ。

4時間もネ!。
投稿者 hamayo : 20:57 | コメント (3) | トラックバック
2007年12月13日
バックカントリーとは。そして野良テレマーク
バックカントリーとは、どういう意味なのだろう。
どんな場所のことをいうんだろうか。
たとえば、整備されたスキー場のロープを越えて、踏み固められていない自然のままに降り積もった雪の斜面をスキーやボードで滑ることを、バックカントリースキー、バックカントリースノーボードなどといったりする。
たとえば、スキーにシールを付けたりスノーシューを履いたりして自分の足で雪山に登り、真っさらな斜面にシュプールを刻んで滑り降りてくることを、同様にバックカントリー・・・、と言ったりもする。
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これは昔、どこかで読んだ話し。
そもそもバックカントリー(Backcountry)というのは、人が入ることのできない自然、場所、地域を意味するものであるということ。
人跡未踏という意味において手つかずの自然が残されており、人間の能力では分け入ることが困難な場所のことを指す言葉、それがバックカントリー。
とすれば、ちょっとした技術と経験と装備を持って(時にはガイドを伴って)、週末にふらっとやって来て歩いたり登ったり走ったり滑ったりするような場所は、バックカントリーと呼ぶにふさわしいのだろうか?。
そういう場所は「フォアカントリー」と呼ばれており、ある程度の経験と技術があれば単独で入ることもできるし、もしそういったスキルを備えていなくても、ガイドを伴うことで入っていくことができる場所のことを指している。
そして、永きに渡る純度の高い経験と研ぎ澄まされた技術を持つスペシャリスト、いわゆる探検家とか冒険家といわれるような人たちだけが入っていくことのできる自然を、「ミッドカントリー」と呼ぶ。
と。
だれかが書いた本だったか、パタゴニアのカタログだったか、今となっては思い出せないけど。
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この話しを読んでぼくは、みんなあまりにも平易にバックカントリーという言葉を使いすぎてるんじゃないだろうか、と思ったものです。
ぼくには恥ずかしくてちょっと使えないな。
それはまるで、ポール・ギルバートの前で、自分がいかに速くギターが弾けるかを説明しているようなもの。
でもだからといって、言葉の意味に疑問を持たずにバックカントリーという言葉を使っている人たちに対して、それは違うんじゃないだろうか言ったところで、もはやどうすることもできないくらいにこの言葉は浸透しきっているようです。
WebページやWebサイトのことが、ホームページという誤った言葉に置き換えられてしまったのと同じくらいに。
ライプニッツの無限小のごときマイノリティ、そして原理主義者でもある。
そんなぼくの呟きが聞き入れられようはずがありません。
だからぼくは、これまでも、そしてこれからも、手ぶらで行ける裏山から、いつもよりちょっと多めの勇気が必要な山まで、そこでの活動に対して「野良」という言葉を使うでしょう。
野山でやるテレマーク、だから野良テレマーク。
「ノラ」という力の抜けた感じ、ゆるさ加減が好きです。
野良仕事のノラ、野良猫のノラ。
この長閑な音の響きこそ、ぼくのささやかな「バックカントリー」へのアイロニーです。
投稿者 hamayo : 22:40 | コメント (3) | トラックバック
2007年12月 6日
7tm パワーツアー(Power tour)ビンディング
昨シーズン取り付けていたテレマークの金具、コブラフリーがリコールになってしまったことを以前書きました。
ところがシーズンオフとともにすっかりそのことを忘れてしまい、いつのまにか販売店のウェブサイトからもその告知がなくなっていました。
うーむ、遅きに失したわい・・・と無念の涙を流した11月の終わり、ダメもとでさかいやスポーツさんに問い合わせたところ、なんと返金を快諾していただきました。
そうと決まればさっさと金具を外し、着払いで送り返し、コブラフリーは再びただのコブラに戻ったのですが、いちどツアービンディングを使ってしまうと、もう元のロボコップになんて戻れやしません。
それに、もはや細板革靴の時代と違ってハードなギアを身に纏ったテレマークでは、アルペン同様に怪我をすることも分かりました。
なわけで、返金された資金を元手に、リリース付きツアービンディングを購入しました。
リリース機能付きツアービンディングは今のところ一社しか選択肢はありません。
7tmのパワーツアー(PowerTour)です。
7tmは、Rottefella や Black Diamond、Voile や G3 に比べるとマイナーなためか、さかいやスポーツでは取り扱っておらず、また楽天でも一店舗で在庫1個という状態だったので、やむなく札幌の秀岳荘に行ったところここでも現品は無く、しかたなく注文してもらってようやく入手できました。
以下は、備忘録もかねてのビンディングの取り付け記録です。
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コブラを取り外した古い穴は、水中用エポキシパテで埋めました。

もりもりっと盛り上がるので、ヤスリがけして平らにします。
見てくれはババちいけど、気にしない気にしない。
この板はテレマーク用なので、板のコードセンター(板の全長の半分、つまり真ん中。この板の場合重量の中心、すなわち重心でもあります)に線が引いてあります。
ここにブーツの3ピンラインを合わせるようにして、金具をセットするのがセオリーです。
しかし今回は、これよりも2.5cm前へずらして取り付けることにしました。

これには二つの理由があります。
セオリーどおりに付けようとすると、古い穴と新しい穴が少しだけかぶってしまい、しかも左右の穴の間隔が少し違うというのがまずひとつ。
もうひとつの理由は、コードセンターに合わせて取り付けてあったコブラフリーの時、歩行時に脚を上げるとフロントがお辞儀をしたまま上がってこなくて、常にそれを持ち上げる動作をしていて前脛骨筋がパンパンになっていたので、それを回避するためです。
滑りより歩き重視のセッティングです。
滑りに与える影響は、たぶん以前よりクルクル回る感じになるんじゃないかと思います。
ヘタレなので2.5cmの差に気付くかどうかは分かりませんが。
次に左右のセンターを出します。

トップシートの模様にだまされず、きっちりセンターを割り出します。
前後二ヶ所で測定して、二点間を線で結びます。
紙のテンプレートを貼り付けます。

なんかパッと見トライバル(笑)。
紙のテンプレートの3pinラインと 2.5cm前方へ移動したコードセンターを合わせ、左右のセンターを上下の二ヶ所で合わせます。
慎重に。
準備は整いました。
ドリルを用意します。

板指定のドリルの刃は、径4.1mmで深さ9.5mmになってますが、4.1mmなんて売ってないので4.0mmにします。
深さについては、ビニルテープを巻いてストッパーにします。
あっという間に穴あけ完了。

なんか左にずれてるように見えるけど、トップシートの模様がずれてるんだ、ということにしよう。
転けた時の言い訳にもなるし。
穴には木工ボンドを入れます。

コブラフリーの時はネジロック材を入れましたが、取り外すときエライ苦労したのです。
聞くところによると木工ボンドが程良い加減でロックしてくれるらしいので。
ネジを締めると出来上がり。

後ろのヒールプレートは古い穴を再利用できました。
でもなんかヒールプレートがゆがんでるような気が・・・。
これはぼくのせいじゃなく、コブラを付けてくれた倶知安の○○○○のせいですな。
うわものを乗せるとこんな感じです。

あとは出掛けるだけです、
雪がてんこ盛りになるのを待つばかり。
投稿者 hamayo : 22:59 | コメント (2) | トラックバック
2007年4月18日
三段山でスキー納め -その2:いまだパフ雪テレマーク-
非日常的な雪山での一夜が明けました。
自分の指先さえ見えないほどの漆黒が充満していた穴ぐらには、ほの青い光があふれていました。
雪深い地方では、雪の中に野菜を埋めて貯蔵するという習慣がありますが、たしかに雪は冷たいけれど、優れた断熱材でもあるようです。
飲み水は昨夜からなにひとつ変わらずに液体の状態を保っていましたし、寒さで目が覚めるようなことは一度もありませんでした。
恐れていた天井の沈下や落盤もなく、降雪が入り口を塞いでしまったり、しずくがダウンシュラフを濡らすようなこともなく、雪洞が極めて快適で安全な(少なくとも、テントよりは何倍も優秀な)ソフトハウスであることを、身をもって知ることが出来ました。
やっぱり今日もコケるのか?(さらに画像大増量なのでご注意)
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グッモーニン、穴の外の皆様。

雪洞の中はとてつもなく静かなので、外のようすはサッパリ分かりませんが、入り口付近での昨夜からの降雪は 10cmくらい。
今日こそは晴れてくれるだろうか・・・。
驚いた!。
晴れてるし、前十勝岳も見えるし、安政火口かから立ちのぼる噴煙まで見える!。

さっそく朝食(お汁粉とパン)を胃に収めて、出発の準備。
昨日ナマコ尾根の基部を歩いたとき、雪面が風に叩かれていたことを考慮し、また雪洞を掘った馬場沢が意外に夏道コースに近かったことから予定を変更、夏道コースで三段山を上がれるところまで行くことにしました。
ホワイトアウトに備えて、デポ旗の準備。

さて出発。
どえらい傾奇者の装いですな。

2段目を登るころには、すっかり雲の中に入ってしまったようで。

2段目上部では、カリカリのバーンにMeta履きのJ君が立ち往生してます。

スネオの木と命名。
あとワンピッチ登れば、広い台地状の緩斜面に出られそうなのですが、ストックが刺さらないようなハードな雪面に戦意喪失。
今回はピークハントが目的じゃないしね。
ここを山頂とす。

今回は昼メシは雪洞で食うので、行動食をポリポリ食べながらガスが晴れるのを待ちます。
天頂部はうすら青い色をしており、雲の上辺が下がれば視界が開けそうなのに、時間が経つにつれてガスは濃くなっていく一方。
こりゃ待っても仕方ない。
さっさと降りるべ。
J君、超ヘッピリ、いや超後傾でドロップイン。

雪煙を上げながら華麗にターン。

ぼくも視界ヒトケタの雲の中をスキッドで安全に。

あ、木ぃや。やばいんちゃうん。。。

ふぎゃぁ~~。。。
なんかうずくまってる。

しゃーない、フォトショッパーhamayoが自らの手でガスを取り去ってやるか。
たすけて Photoshop~!
あ、かの有名な、orz だ!。

J君も負けてへんでー。
颯爽と斜面を駆け抜ける!。

お、こりゃコケるな。

うひゃひゃひゃ~。

雪の中から起き上がってきたのは、マトリックスのネオや!。
それともあんたが白ウサギか?。

樹林帯に入ると、底がしっかりしたパフパフの新雪。
こーゆー雪なら恐いもんなし。
シーズン最後に、シーズン最高の雪をごちそうさま~。
ヘイヘーイ。

ホイホーイ。

こんなとこにクラシックテレマーカー発見。

J君もいっくでー。

ミルキーパウダーでうるうるやー。

デポ旗を回収しながら雪洞に着くとちょうどお昼前。
重たい目して持ってきた肉塊チャーシューの昼メシ。

J君はチキンラーメンにチャーシューを投入。

空腹を感じるヒマがないくらい、食い倒れ山行になってるような・・・。
さて名残惜しいけど、ぼくらは山を下りなきゃいけない。
掘った雪洞は安全のため壊すのがマナー。
もったいないけど仕方がない。
ぼくより 8kg重い J君が四股を踏む!。

しかしながら、どんなに頑張ってもひび一つ入らない。
たしかに、スノーソーを挿すだけで苦労したほど締まりに締まった雪だから、それもうなずける話し。
結局スコップで崩し、ブロックで埋めて、フェアウェル雪洞ちゃん。

馬場沢から這い上がると、はるか下に人間の居住区が見えてきました。

さて、あそこに帰るかな。
食料の分だけ軽くなった荷を背負い、もう一滑り。

軽くなろうがどうなろうが、コケるときはコケる。

カタログのオファー来えへんなぁ。

白銀荘に到着~。
ありがとう三段山。ありがとう馬場沢。

とにかく。
そう、とにかく、非の打ち所がないキャンプでした。
シーズンの締めを飾るにふさわしい、内容の濃いツアーになりました。
とりわけ雪洞作りに関するノウハウの多くは、ブラウザのスクリーンからは絶対に学び得ないものであり、経験によってのみ体得できるその滋養に満ちた知識や技術が、自分達のアタマとカラダに染み渡っていく音を、ぼくたちは確かに耳にすることが出来ました。
疲れていないといえばウソになるけど、体の奥にある心地よい熱源が、それを覆い隠していました。
うまくコントロールしてあげないと、ぼくたちを子供に戻してしまいそうなくらい、その熱源は活発に脈付いていました。
ぼくたちは、良くできた映画を見終わったあとのような気分で、スキーを脱ぎ、山をあとにしました。
投稿者 hamayo : 23:24 | コメント (3) | トラックバック
2007年4月17日
三段山でスキー納め -その1:雪洞泊-
町はもう、春へ向け秒読み段階の4月14日・15日。
今シーズンの冬遊び終業式に、野良テレのメッカ三段山で J君と遊び倒してきました。
元々の計画では、白銀荘~白金温泉の冬季通行止め区間を道路沿いに滑り、望岳台でキャンプするというものでした。
でも吹きさらしの望岳台は雪が少ないだろうし、滑っても面白くなさそうということで 1週間前に予定を変更、三段山のナマコ尾根基部あたりで雪洞かイグルーを作って野宿しよう!、ってーことになったのです。
富良野川源流部馬場沢への道(画像イパーイなので覚悟してね)
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