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2011 - 9 / 1
ヒグマ、もしくはウナギイヌとの遭遇
ヒグマは賢い動物だ。
だから人間を見たら逃げる。
それにそもそも人と出くわさないように行動している。
昔からよく耳にする言葉だ。
逆の意見をとんと聞いたことがなかったので、ぼくはその言葉を信じていたし、そうあってほしいと願っていた。
好戦的な羊や、獰猛な鳩がいないのと同じように、'人を見かけたら向かってくるヒグマ' なんているわけないじゃないか。
ぼくはずっとそう思っていたのだ。
この日までは。
北海岳から黒岳石室に向かって高度を下げ北海沢を渡った先は、この界隈ではきわめて貴重な水場のためベンチなども置かれており、休息するにはうってつけの場所になっている。
沢の対岸には高さ15m、横幅は300mの残雪があり、あたりの気温を下げてくれてもいた。
気温は高く陽射しも強く、微風さえそよがなかったこの日、ぼくは稜線で昼飯を食うのを嫌って、この場所まで食事をがまんしていた。
沢を渡った時点でここにいたのはぼくだけだったが、コーヒーを落としてパンを切りさて食べようとしたところに、石室方向から1人の登山者がやってきた。
大きな三脚を抱え、カメラを二台ぶら下げている彼を、便宜上カメラマン氏と呼ぶことにする。
ぼくはパンを食う。
カメラマン氏は被写体を探す。
なにも会話がないまま20分くらいの時間が流れただろうか、鳴き声をたよりに後ろの岩山にナキウサギの姿を探してるぼくに、カメラマン氏が初めて声を掛けてきた。
「熊、来ましたよ!」
振りかえると、対岸の残雪斜面の上に、黒く大きく、やたらと胴が長い獣がいるのが見えた。
じつを言うとこのときぼくは、巨大なウナギイヌが現れたと思ったのだ。
冗談ではなく、本当にウナギイヌに見えたのだ。
その日のツイッターのTLに、バカボンの話が流れてたから、そのせいかもしれない。
たぶん、先に相手に気付いたのはぼく達の方だ。
そいつの姿を認識したとき、相手はまだ斜面のてっぺんを、地面にある何かを探すような動きでのそのそと歩いていた。
沢の音が大きいので、こちらの出す物音や声は聞こえないのだろう。
だがカメラマン氏が立ててあった三脚の方へ移動し、クイックリリースのレバーを倒しカメラを三脚から取り外したその時、ついにヤツはこちらの存在に気付いてしまった。
鈍重なウナギイヌが豹変した。
ジャンプするように雪の斜面に飛び込むと、こちらへ向かって滑り落ちてくる。

途中で何度も前転して側転して、とてつもなく無様な滑りようではあったが、体勢を立てなおすたびにくいっとこちらに顔を向けるそのさまは、ターゲットの場所をいちいち確認しているようにしか見えず、気味の悪いことこの上ない。
川岸に降りてからのヤツは、さらに不気味な動きをし始めた。
何をしているのか分からないが、ウィービングするボクサーみたいに上体をゆすっていたかと思えば、唐突にこちらにダッシュしてくるふりをする。
視線を合わしているかぎりそれ以上近寄ってこようとはしないが、目をそらすといきなりこちらに向かって走ってくる。
命懸けのダルマさんが転んだ、である。
そうやって少しずつ間合いを詰め、ついにヤツは水辺まで来てしまった。
距離はどのくらいだろうか。
野球で言えば、ピッチャーからキャッチャーまでよりは遠いが、キャッチャーからセカンドまでは離れていない。
いずれにしても、あのスピードなら3秒あればここまで到達されてしまうのは確実だ。
お互いの間を沢が隔ててはいたが、靴を濡らさずに飛び越せるていどの幅しかないので、戦略的に重要な要素にはなりそうもなかったし、どちらかにアドバンテージをもたらすものでもなかった。
ぼくらと熊とには一つだけ共通点があった。
お互いに背水の陣を布いているということだ。
相手はほとんど壁のような雪の斜面を、滑るというよりも滑落してきており、これを登り返すのは無理だ。
一方こちらは背後に岩山を背負っていた。
軽自動車ほどの大きさの岩塊が無数に積み上げられた岩山だ。
時間をかければ登れるが、もちろん時間なんてかけられない。
どう考えてみても、絶望的に不利な地形にいることは確かだ。
三国志演義で、知将が相手を罠にはめて谷沿いの隘路に誘い込み、ボコボコにするシーンが思い出される。
逃げ場がないという、いちばん出会いたくない場所で、出会ってしまったわけだ。
沢をはさんでの睨み合いは続く。
視線というか顔の向きに反応することは分かったが、ほかにもカメラを構えるとビクッとして後ずさりしたり、横を向いて逃げようとするそぶりを見せることも分かってきた。
こちらに興味を持っていることは間違いないとはいえ、やはり熊も少しはこちらのことを恐れているのかもしれない。
しかしそれでも、お互いの距離に大きな変化はない。
それどころか、沢の水に顔を近づけ始めた。
沢を渡ってこられると、もはや白兵戦しかないというこの場面で、カメラマン氏がザックの中からカウンターアソールトを取り出そうと動いた。
それを見た熊の反応は、まさしく電光石火と形容するにふさわしいものだった。
地球の自転の向きが変わるんじゃないかと思うくらい鋭く地面を蹴って向きを変えると、沢の下流の方へ猛スピードで走り出し、40mほど離れたあたりで沢を渡った。

そのあとがまた凄い。
沢沿いの登山道には両脇にロープが張られているのだが、そのロープをまるで鹿のように飛び越えてしまったのだ。
あの巨大な体躯のヒグマの、両手両足がともに地面から離れ、一瞬とはいえ空中を飛んだのだ。
熊は止まらない。
ぼく達の背後の岩山を、軽やかに、まったくスピードを落とさず、駆け上がっていく。
バランスを崩したりルートを思案する様子は微塵もなく、飛ぶように跳ねるように、20秒ほどで岩山の頂上まで登り切ってしまった。
頂上でいったん立ち止まった熊はこちらへ向きを直し、砦を奪取した酋長のような顔であたりを睥睨していたが、しばらくすると視界から消えた。
もうどこにも熊の気配はない。
水場には、またもとの平穏が帰ってきたのだ。
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ヒグマとの遭遇、これがその顛末です。
じつを言うと、恐怖はほとんど感じませんでした。
一瞬たりとも気を抜けない、手に汗にぎる場面であったのは間違いないのですが、怖いという感覚は起きませんでした。
それよりも、大型獣とは思えない身のこなしに対する驚嘆が、いちばん大きかったです。
そして間近でヒグマに出会えたことの感動と、「人を見たら逃げる」なんて大ウソやがな、というツッコミ。
これがその時のぼくの頭の中のすべてでした。
今までだって、林道から藪に逃げ込む姿を目撃したことはありましたが、そういう熊はまったくスピードを感じさせない、どっこいしょという声が聞こえてきそうな動きだったと記憶しています。
それに比べたら今回出会った熊は、まったく別の生物種です。
森林限界の上に棲むヒグマはこれほどまでに俊敏に動けるのか・・・。
ありとあらゆる感嘆の言葉を、口に出さずにはいられませんでした。
ひさしぶりに心ふるわせる出来事でした。
またヒグマに会いたい、人里と隔絶された本当の野生のヒグマをまた見てみたいと、そう思っています。
でも確率的に言って、今後これほど近い距離でヒグマに出会えることは、もう二度とないでしょう。
なのでぼくは、10年後、20年後、どこかの山小屋で武勇伝を語る日が来るのを楽しみに待つことにします。
大雪山の北海沢で熊とがっぷり四つに組んで死闘を繰り広げ、最後は小手投げで熊を組み伏せた話しをしているジジイがいたら、それはたぶん、ぼくです。
その物語は、熊のヤツ肘をさすりながら山に帰っていったよ、と結ばれているはずです。
投稿者 hamayo : 2011年9月 1日 22:05
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ウナギイヌはないやろーーー!?(笑)
・・・とまずつっこんでおいて(こほん)。
ずいぶんタフなのねー彼(彼女)ったら。。。!!
そんな一気に駆け上っていっちゃうんだ。。。はりゃま~。
やぱアレですな、森のくまさんに出会いそうなとこへ行く際は、
本来飛び道具を用意していかなくちゃなのかもですね。。。
ま、もしワタシがくまさんと
「命がけのだるまさんころんだ(ぼんさんが屁をこいた)」
するハメになったときには、
とりあえず目を逸らさない!
ってことだけ覚えておきます。そんで?(笑)
好奇心旺盛な熊だったのは間違いないです。
こっちの様子が気になってしょうがないから近づいて確かめてみよう、そんな感じでした。
こちらでは山じゃなくても、ちょいと町外れに行けばキタキツネに会えるのですが、まさにそれと同じような動きなんですよ。
たぶん、野生の動物の行動ってのは、種が違っても似てる部分はあるんだと思いますよ。
死んだふりだけはしちゃいけないってのは、よく理解できました。
なんだどーした?って寄ってくるのは明らかです。
あと、背中見せて逃げるのがダメってのも、犬が追いかけてくるのと同じ理屈なんだろうと思います。
今回、試せば良かったと後悔したのが、ストックをライフルのように構えてみる、ってやつです。
カメラを構えただけでビクッとなるぐらいだから、けっこう効果的なんじゃないかと思うんですよね。
というわけで、ストック構えるやつ、こんど試して下さいね。
たのみましたよ。
それでも近づいてきたら、発砲音を口まねして下さい。
ッパァァァーーンン。とか。
いきなりやれって言っても無理なんで、これから毎朝練習ですよ!。
ッパァァァーーンン。
この道は~♪Koyukiも通った道なんです(◎-◎;)
コース的に銀座と信じて一人でも歩けるかと
思って油断してました。
hamayoさん一人だと武勇伝が聞けたのに残念!
白雲避難小屋でも熊情報がありましたので
怖いですね。私ならイチコロだわ((;゚ェ゚;))
雪あり、川ありロケーション的には恵まれてますね(笑)
ちなみに層雲峡からの帰り道国道で見ちゃいました(>_ 車の中からなのでスリル感はありませんですが・・・
Koyukiが会いたいのはユキウサギが良いなあ~
お久しぶりです~。
そうですよ、ここは銀座ですよね。
お鉢巡りハイカーも、白雲岳方面のハイカーも、みんな通る道ですから。
やっぱ水のある場所には出るんですよ。
熊だってのど乾くし。
でも石室周辺にいた人も言ってたのですが、昼間にこんな目立つ場所をウロウロする熊は珍しいみたいですね。
大抵は早朝か夕方、昼間だったら霧の日に行動するらしいです。
> 層雲峡からの帰り道国道で見ちゃいました
里の熊のほうが太ってて貫禄ありますよね。
知床の熊なんてイイもの食ってるから、ありゃメタボ熊ですよ。
いやー、やっぱ車の中から見るのが安全でいいかもなー。
うへえ、おっかねえ。
そうだよなあ、野生とはわかってても、ついついヒトの尺度で考えちゃうんだよなあ。
「こんなに大きいんだからそこまで敏捷なワケない。」とか、「そのスピードが持続しやしない。」とか、あくまでヒトの尺度だもんね。
おーし、ぎゃらくてかまぐなむの練習、ちゃんとしとくかw
やっぱヒグマは国内で最強の動物なんだなぁとつくづく思いましたよ。
それにたぶん、頭もいい。
カウンターアソールトがどういうものなのか、熊が分かってるとは思えないんだけど、取り出した瞬間すぐさま風上へ回りこんで逃げてったときには、もう拍手したいくらいでしたよ。
えぇ、けっこう風が強かったので、もしカメラマン氏が噴射してしまったら、オウンゴールです。
てゆーかDENZIさん、ボクシングスタイルで勝つ気ですか・・・。
あの長いリーチじゃ勝ち目ないので、輪島功一のあっち向いてホイにした方がいいですって。
こんにちは。
以前から、いつか叶えたいという夢がありました。
「火曜サスペンス劇場」または「土曜ワイド劇場」を
ちびちび酒を舐めながら、「こいつが絶対ホシだよ」
とかぶつぶつ言いつつ最後まで鑑賞する、という夢です。
息をのむ展開、意外なる真相、そして隠された真実...
いつか画面の中、こういうものに心ときめかせ、
突き上げるような感動に己の魂を委ねたい、
動機は、ぼくのとてもピュアな部分にあったのだと思います。
しかしながら、フィクションというものは
スーパーの売れ残りの野菜のようにしなびたもので、
自然の中で起きるリアルなドラマには到底敵わないものだと、
たったいま知った訳であります。
だるまストーブを囲んでの武勇伝、同席できることを願っています。
ぼくは、「北アの黒い連中は、俺のひと睨みですくんで逃げたよ」
って言うんでしょうか。
「へ、本土の腰抜け黒熊と一緒にするない」って
ハマさん突っ込みなさるんでしょうか。
おばんです。
むかしむかしの土曜ワイド劇場は、オープニングがおどろおどろしく、なんだか明日の休みは悪いことが起きそうな気がして陰鬱な気持ちになったものです。
熊との出会いは決しておどろおどろしいものではなくて、大げさに言えば神聖な体験でした。
大雪山のことをカムイミンタラと呼ぶことがありまして、これはアイヌ語で神々の遊ぶ庭を意味するのですが、ここでいう神はヒグマのことだそうです。
たしかに、あの圧倒的な大きさとスピード、そこから生まれる地面が震えるような迫力を肌で感じてしまうと、地上のあらゆる生きものを超越した存在として先住の民から崇められたのも、さもありなんと得心します。
だるまストーブを囲んでの武勇伝、いいですねえ。
人気の山域の夏小屋だと、コディアックベアを腕相撲でねじ伏せたアメリカ人とかが参戦してくる可能性がありますので、初冬の北八ツあたりの小屋がいいかもしれません(北八ツの小屋に泊まったことはないんですが)。
そのころには熊のやつらも、今年びびらせた人間の顔なんぞを思いうかべながら、長い眠りにつき始めてるころでしょう。