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2010 - 1 /19
旭岳にシバかれてきました
毎日が吹雪といわれる1月の旭岳で、とある谷に行ってまいりました。
荒天の責任を問われることのない山域で、いつものように吹雪かれる、残念なhamayo君。

昨シーズン、ニセコにいた間にお世話になった冬山遊びの豪傑さんたちに、「一度でいいから1月の旭岳に行ってみな」とそそのかされて早1年。
胸をときめかせながら待っていた、その1月がやってきました。
そのいっぽう旭岳といえば、おととしの春爛漫の雪洞キャンプや晴天の4月の登山と、ヌルめの春山ばかりだったのでちと不安です。
山頂や尾根といった、ただ高い場所を目指せばいい単純な山行ではなく、「ひみつの場所」が目的地という目標が目視できない山歩きは、行きと帰りで同じ場所を進むわけでもなく、ルートファインディングもいつもどおりとはいきません。
なわけで、一日目は下見をかねてスノーシューで歩き、二日目はテレマークでポイントまで歩き、滑り降りてくるという、慎重プランで行ってきました。
ところが・・・
1日目のスノーシューで痛恨のルートミス。
GPSレシーバが示す位置をみて、これはちょっとヤバいなと思ったそのときは、すでに危険のまっただ中に踏みこんでいました。
地形図をひらくとそこには、崖を表すマークがいくつも描かれてて、自分はいまその崖の真上に立っているようでした。
いま歩いてきたトレースを戻るというのが定石だとわかっていても、ほとんど落下するように降りてきたこの斜面を登り返すことなどできず、かといって、のぞき込んでも先が見えない狭く小さなルンゼの中から正解のアミダくじを引き当てる賭けに出るわけにも行かず、残されたのは崖の上をトラバースして谷の源頭へ戻ることだけでした。
スノーシューはテレマークに比べてトラバースに弱いです。
腰まで積もったドライパウダーをかきわけて出てきたこしまり雪も、鈍いツアッケがぽろぽろと崩してしまい、崖下に向かって流されそうになる体を四つん這いになってこらえるのが精いっぱい。
極度の緊張感。
風の音。
ルーチンワーク。
時間の感覚が、ゆっくりと体から離れていきます・・・
気がつくと、最大傾斜線の先から岩場がなくなっていて、ボウル状の谷のあちこちには、深雪にはしゃぐ野良ボーダーの姿が見えました。
彼らの楽しげな声が聞こえてきたとき、ようやく安全な場所にたどり着けたという実感がわいてきました。
脱出に費やした時間はあまりにも多く、すでに日没を意識する時刻になっていましたが、ひとまずザックを下ろし、チョコレートをほうばり、ゆっくり体を休ませます。
目指していた「ひみつの場所」は、今いる谷よりももうひとつ東の尾根の向こうにあるようです。
残念だけど、そこへ行くのは、また次の機会に。
今回のところは、野良ボーダーに混じって、旭岳の雪と戯れましょう。
温泉が待っています。
スキーでコケる前に、スノーシューでコケ方の練習を(何度も)する、どこまでも慎重なhamayo君。

2日目も雪はやまず、気温はさらに下がり、陽が射すきざしもなく。
風がないのだけが救いで、落ちてくる雪はいつまでも結晶を崩しません。

こんな雪が、昼も夜も、来る日も来る日も、とめどなく降り積もるのです。
バフバフとか、モッサモサとか、そういった重めのパウダーではなく、ダウンボールのような体積の殆どが空気でできている、宙に浮かびそうなくらい軽い雪が、この山には積もるようです。
どれだけ深い雪をラッセルしても、抵抗をほとんど受けない不思議な雪の中、しんと静まりかえった巨木の森を進みます。

昨日よりさらに50cmの上積みがされた斜面に、雄叫びをあげながら飛び込む。

前日にやったコケ方の練習の成果をさっそく発揮する、努力家のhamayo君。

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旭岳はやっぱりスゴかった。
当初の目的は達成できなかったけど、ちょいと痛い目にもあったけど、あいかわらずコケてばっかりだったけど、景色はほとんど見えなかったけど、それでも旭岳はスゴかった。
雪のやみ間にうっすら見えた、当麻岳、安足間岳、そしてトムラウシへ続く稜線は、夏に見るそれよりも何倍も大きく、広く、そして神々しさに満ちていました。
必ずまた来ます。
ミスはもうしません。
だから今度は、晴れてほしいなぁ。
投稿者 hamayo : 20:34 | コメント (14) | トラックバック
2010 - 1 / 8
もっとマジメにテレマークを
ゲレテレに行ってまいりました。
野良テレは近所の裏山をぼちぼちやってますが、ゲレンデは今季初です。
いつものキロロで、3時間券を購入ございます。
2時間券があるといいんだけどな。
リフトを使ってグルグルと、すべって上ってするのは、2時間で限界です。
集中力がつづきません。
5、6本すべって、さっそくちょっと飽きてきて、リフトに揺られながらうとうとしていると、キロロにしては珍しい、テレマーカーとおぼしき紳士がすべってなさるのが見えました。

あんまりジロジロ見ててコケられると困る(ぼくは視線を感じるとすぐコケます)ので、ターン弧の頂点を横目で確認。

やっぱテレマークでしたね。
それにしても平日のキロロはガラガラですな。
patagonia のレディミックスかホワイトスモークっぽいJKTをタイトに着こなしてらっしゃるこの御方、ひじょうに練習熱心な方のようで、ソウルスライド2008の付録DVDにある「松澤幸靖の歩くから身につけるテレマーク」講座の、歩きながらターンや逆テレマークみたいな練習メニューを、とても丁寧にこなしてらっしゃいました。
冷やかしや皮肉で言ってるのではなく、本当にマジメな方だなと感心したのです。
ぼくももう少し真剣にゲレンデに通って、基本から丁寧に練習する心があれば、20年近くやってるのにコケまくりテレマーカーにならずにすんだのに、とめずらしく後悔したふりをしてしまいました。
彼が帰った後、ものは試しにと「歩きながらターン」と「逆テレマーク」の練習を2本ほどやってみて、それからフツーに滑ってみるとアラ不思議!、ここ2年ほどの懸案だった、左右のターンでの得意不得意の差がとても小さくなってるじゃありませんか。
左足が前足になる側のターンで、すぐに腰が回ってターンが切れ上がっていく事に困り果てていたのですが、それがずいぶん小さくなっていたのです。
いやはや、基礎的な練習というのは侮れないものですなぁ・・・と、ひとつ大人になった良い一日でした。
投稿者 hamayo : 21:34 | コメント (6) | トラックバック
2010 - 1 / 5
Quest of Radeon
新しいパソコンも無事に組み上がり、Windows 7 もうわさ通り10数分でインストールが終わりました。
64bit-OS ということで、手持ちのソフトウェア資産がどうなるだろうかと心配していましたが、Nikon Capture 4 というフォトフィニッシングソフト以外は、なんの問題もなく動いてくれました。
しかしひとつだけ、とても大きな問題が発生してしまいました。
いままでずっと、グラフィックカードに関しては Nvidia党を通してきており、今回も GeForce GTS 250 を導入する予定だったのですが、ショップの在庫の関係で直前になって Radeon HD 5750 に変更せざるを得なくなったことが、悪夢の始まりとなったのです。
その大きな問題とは、Radeon HD 5750 の出力を液晶モニタではなくCRT(ブラウン管モニタ)にするとき、グラフィックカード側をD-Sub15、モニタ側を5BNCのアナログ接続した場合、リフレッシュレートの変更ができないというものです。
60Hzしか選べないのです。
もともとBNC接続の場合DDCが使えないので、パソコン側はEDID情報を受け取ることができないのは仕様ですが、そういうのはグラフィックカードのドライバでどうにでも手動で設定できるものだと思っていましたし、事実GeForceシリーズのドライバではそれができていました。
RadeonとGeForceとでは、こんなにも作法がちがうものかと強い衝撃を受けました。
レジストリの深い洞窟へと下りていきました。
非純正の未知のドライバを手当たりしだい試したりもしました。
INFファイルを無理矢理読み込ませることにも挑戦しました。
いたるところで、ありとあらゆる抗戦をくり広げましたが、事態は全く好転することはありませんでした。
Radeon HD 5xxxシリーズ自体、DirectX11世代の最新グラフィックカードというだけあって、ネット上にもこの手の情報はまだそれほど蓄積されていませんが、ていねいに徘徊すれば同じような現象の報告はちらほら見つかるものです。
そして、その解決方法が今のところないということもわかりました。
そうした情報を事前に収集することができていれば、話はまた別のものになっていたとおもいますが、そうはうまくいかないのがまさに自作PCの醍醐味ともいえるでしょう。
F1マシンをモチーフにした、ふざけたファンシンクにイラだち倍増。

とはいえCRTの利用者も激減していますし、5BNC接続にいたってはその存在さえほとんど知られていないものですから、切り捨てられていくのが運命であることは、当事者のぼくにでも理解できます。
さらにいえば、液晶モニタ全盛の時代、リフレッシュレートというパラメータ自体がほぼ無意味なものとなっているわけで、今後AMD社がこの問題に対応してくれることは、あまり期待できないでしょう。
というわけでこのトラブルの顛末ですが、D-Sub15←→D-Sub15のケーブルで接続することで、いちおうの解決とすることにしました。
いうまでもなく、D-Sub15同士ならばDDCが有効ですので、なんの問題もないのです。
投稿者 hamayo : 21:18 | コメント (4) | トラックバック
2010 - 1 / 2
HNY!
十年以上ぶりかに、元旦を山の頂上で迎えることができました。
吹き荒れる季節風、降り止まぬ大雪、みるみる埋まってゆく足あと・・・。
テレビもラジオも、口をそろえて荒れの年末年始って言ってるのに、よくもまぁ山にきたものです。
一瞬だけ顔をのぞかせた太陽。
ぼくは山になんて、これっぽっちも来たくなんてなかったんですけどね。
えぇ、そりゃーもう、コタツにもぐり込んで、若手のお笑いとか駅伝とかそんなのをダラダラと見て、ダメ人間になる予定だったんですよ。
はい。
来たくて来たんじゃないんです。
登りたくて登ったんじゃありません。
仕事です。
しかも、前日の12月31日の夕方に「あした、山な」なんて電話がかかってきた日にゃ、大晦日も元旦もただの 365分の1日にしか感じられませんです。
住宅街を爆走するモンスターマシーン(ダイナミックループ付き)。

NTTのひと3人、警察のひと2人、それとNTTデータのひとから鍵だけ預かった、ぼく、の6人が乗り込みます。
当初は歩いて登るつもりだったのです。
警察の人はスキーを持ってきてたし、ぼくもスノーシューを持ってきてました。
でもこんな怪物マシーンの運転手に「乗ってく?」なんて言われたら、断る理由はありませんな。
一年の最初の日から山に登ることになった 2010年。
さい先のよいスタートと言うべきか、トホホな始まりと言うべきか・・・。



