« 2009年9月 2日 | メイン | 2009年9月14日 »

2009 - 9 / 6

オンネトーの青



いつか北海道を離れることがあったとして、北海道の中でもういちど訪ねたい場所を 1ヶ所だけ挙げてくださいといわれたら、真っ先にここを選びます。



訪れるたびに表情を変える湖面は、オンネトーのもっとも代表的な景観ですが、それはこの湖が持つ魅力の、ほんのひとつ。
林の向こうの青いみずうみ


それは文字どおり、湖のいちばん表面で起きている、ささやかな神秘です。


「本当の神秘は、目に見えるもののその奥にあるのです。」 湖底木はそう話します。
湖底木が話すオンネトーの神秘






オンネトーとその森は、ここに住む多くのいきものたちと関わりあうのと同じようにして、旅の人間にも接してくれます。森といきものの関係


いきものたちもまた同様に、森や湖とかかわるのと変わらずに接してくれます。
いきものとひとの関係


この森の王として、空をささえる巨木。
その身に刻んだ凍裂痕をとおして冬の厳しさを語るアカエゾマツも、ぼくを特別扱いすることはありません。
森の王の風格


死者をつつむ衣のような、倒木をくるむ苔のやわらかさに、足をとめて、声をききます。
倒木をくるむ苔のやわらかさ


そんなみんなの優しさに、ぼくはいつもヤラれてしまうのです。






オンネトーに行くときは、必ず野営します。
湖からいちばん近い場所で、手を伸ばせば届くくらい近くで、湖と一緒に夜をすごし、そして朝を迎えます。
手をのばせば、湖に手がとどく場所で、野営します


テントから見える夕景は、オンネトーが届けてくれた、最高のギフトです。
オンネトーからの、最高のギフト


オンネトーを見おろす阿寒の山々にも、おなじ贈り物が届けられたようです。
雌阿寒岳の夕照






最後の朝、湖をめぐる小径を歩いていると、ルリイトトンボたちが翅を休めている入り江がありました。
イトトンボの入り江


近くまでいくと、トンボたちはつぎつぎに飛び始め、道のおくへ向かっていきます。
どこまでも、どこまでも、ぼくが歩く先へと飛んでいきます。
気がつくとトンボたちの姿は消えていて、そこには岬へ続く細いけものみちがありました。


その道を歩いていくと、オンネトーの、ほかのどこよりも青い湖面があらわれました。
オンネトーの、ほかのどこよりも青い湖面


ここが特別な場所であることは、すぐにわかりました。
空のしずくから起きた青でもなく、森のしたたりがやどる青でもなく。
この青は、この湖の青は、あのトンボの青とおなじ青なのだと。


この夏、湖の奥でトンボがおしえてくれた秘密は、ぼくの大切な記憶です。



投稿者 hamayo : 19:52

関連するエントリ

【エントリ・タグ】雌阿寒岳とオンネトーの旅

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: オンネトーの青

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://cosmeticpunk.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/354

コメント(15)

最高!!素敵な「絵」をありがとうございます。

ココの野営場は北海道のキャンプ場の人気ランキングで常に上位です。この秋に行こうと決めていました。
そして・・・hamayoさんのレポを見て必ず行こうと決めました。

ロマンがあって一人の世界に浸るhamayoさんは詩人でございますね。koyukiの目線と違う角度(身長の差だけじゃないですよ^^)に吸い込まれます。

自然と人間のかかわりをシッカと捕らえて素晴らしいです。
湖畔の夕景、山の茜色冷静な気持ちでシャッターは押せないなあ~。

オンネトーの青の見方が変わりました!
でもkoyukiには真似が出来ないから今まで通り単純無垢で残り少ない人生を楽しむネ(笑)

to 若葉さん

暗くなると森の奥でエゾシカがヒョーンヒョーンと鳴いて、いい夜でした。

キャンプ場でキャンプするのって、実は好きじゃくて、平らな場所があればどこでもいいや、って感じなんだけど、ここは別です。
ここだけは、ほかに比較できうる場所もない、世界中でたったひとつの場所ですね。

秋が深まると、湖と森の色の対比が見事でしょうね~。
びっしりの針葉樹林の中に、ぽつんぽつんと立つエゾイタヤやミズナラが、いい雰囲気になりそうですよ。


to koyukiさん

こういう場所に来ると、そういう気持ちになっちゃうのかしらん。
オンネトーというよりも、阿寒の森が好きなんですね。

夕焼けも山も、ナッキーと違って動かないから、落ち着いて撮っても大丈夫ですよ~(笑)。
ナッキーが出てきたときは落ち着いてなんかいられないけど。

こんにちわ(ペコリ)
夏休みに北海道ツーリングのときにオンネトーに泊まったんです。
でも虫がいっぱいいてキャンプするのをやめました。
帰ってみんなとツーリングばなししてたら、もったいないことしたなぁ~ってみんなゆぅんです。
景福旅館に泊まったって話したら、おまえはほんっと馬鹿だなぁ~~ってゆぅんです。
北海道をツーリングした人のブログを探してたらたまたまhamayoさんのオンネトーを見かけて、もぅ泣きたい気持ちです。
朝のキャンプ場最高の雰囲気!!
夕焼けも超ビリビリ!!!オンネトーブルーもわたしが見たそのまんま!!!
もうなにがあっても来年もぜったいぜったい北海道に行ってオンネトーでキャンプするんよっ!!
泣いてる場合じゃない!お金を貯めるんよ!って気持ちにさせてくれたhamayoさんにありがとうっていいたくていっぱい書いてしまいました。
・△・)ノそいじゃネ

こんにちは。

ぼくもyurimakiさんのお友達と同様、そりゃモッタイナイ!と言わせていただきます(笑)。

鳥の声やシカの鳴き声、よく分からないケモノが立てる音、湖に流れ込む沢の音などなど、テントで寝起きしないと感じ取れないものが、ここには溢れんばかりにありました。

でも大丈夫ですよ。
来年もオンネトーはあるし、その先もずっと変わらずにあるはずですから。

確かに虫は多かったですね。
しかも種類が多い。
床無し三角テントとフツーのドームテントの両方を持ってきて正解でした。

 こんばんは。
 事後報告で申し訳ありません。
 リンクをさせて頂きました。
 よろしくお願いします。

 お名前がドメインになっていらっしゃることに、今日初めて気づきました。(スゴイ!)
 
 うっとり、とろけてしまいそうな写真、普通のなにげない言葉しか使っていないのに独創的な文章。
 
 どなたかが、詩人hamayoさん、とおっしゃっていましたが、いつもヤラれております。

 

こんばんは。
またまたリンクしていただいてありがとうございます。

そうなんです。
hamayo.jp なんです。
ホントは.netドメイン取るつもりだったのですが、個人で gTLDはちと恥ずかしいってんで、汎用JPドメインにしたんですよ。

ときどき言葉が止まらなくなることがあって、ついつい調子に乗って書いてしまいます。
こどもの頃書いたラブレターとおなじで、書いたあと一晩寝かせて読み返してみないと、ヘンなこと書いてたりするので、推敲は必要ですね。

>いつか北海道を離れることがあったとして、北海道の中でもういちど訪ねたい場所を 1ヶ所だけ挙げてくださいといわれたら、真っ先にここを選びます。

凄いと言うか! 素晴らしいセリフだわ…!!。

これだけの言葉を明言できる人生を送る人が、この地球上にいったい何人居るんでしょうね!。

いやいや、それは褒めすぎというものですよ。
照れ照れです(*^^*)

どこに住んでいて、どんな暮らしをしていても、大切な場所というのはみんなあると思うんです。
そこはすぐ近くなのかもしれないし、とてつもなく遠いところなのかもしれないけど、その場所のことを考えると心が満たされたり、やさしい気持ちになれたり、元気になれるような場所。

ぼくにとってのオンネトーは、そういう場所です。
目で見て美しい、だけではないオンネトーは、やはり神秘の湖ですね

こんにちは、ushione(うしおね)といいます。

実は、入院日記の頃から拝見させてもらっています。
hamayoさんのオンネトーの記事があまりに素晴らしくて、
いてもたってもいられなくなり先週末行ってきました。
やはりhamayoさんがおっしゃる様に素晴らしい所でした。

ちょっと大げさかも知れませんが、
大昔の人々が自然や自然現象を
神の象徴として崇めるのが少しだけわかった気がしました。
特に「空気が濃い」という感覚を生まれて初めて味わい、
これには大変感動しました。

素敵な記事をありがとうございます!

ちなみに去年夏のレモネード記事に影響されて、
いまだにレモネードの美味しいお店を探しています。
やはりここは自分で作った方が良いのかも知れませんが、
夏も終わってしまったので、また来年です。


はじめまして、ushioneさん。

自分が書いた記事が、だれかに少なからず影響を与えているというのは、嬉しくもあり怖くもあります。
それにしてもすごい行動力!
小樽からだと、北海道大横断ですからね~。

阿寒の森には、ほかとは違うなにかを感じるんです。
はじめて訪れたとき、天高く聳えるアカエゾマツとトドマツの群れから、ものすごい圧力を感じたのですが、それは威圧感ではなくて、なんというか木々の視線みたいなものでした。
あ、見られてるな、って感じの。
その時以来、ぼくもこの森の仲間に入れてもらえてると(一方的に)思ってます。

熊が生息する地域では古今東西、熊=神となる例が多いみたいですが、ぼくにとってはこの森自体がそうである気がしています。

台風が夏の名残をすっかり持ち去ってしまって、もうレモネードもおしまいですね。
来年は暑い夏になるかなぁ。

横から入ります。
>阿寒の森には、ほかとは違うなにかを感じるんです。

解る気がします。

遠藤某という知人が「陶酔と失墜」という著書に「そしてその壁の中に、僕は、なくてはならない点景となった。」という表現をしているのですが…。
この文章に出会ってから、岩に登るたびに、その自分をはるかな高みから見ているスピリチュアルな存在を感じてきました。

おいらがクライミングを続けるのは、結局、このスピリチュアルなものを感じたいからなのです。

ですから、リザルトなどどうでも良いし、いつかパートナーの存在もめんどうになってしまいました。

まあ、誰かに話しても「はあ〜!?」で終わりでしたけど…。(笑)


 > 誰かに話しても「はあ〜!?」で終わりでしたけど

もちろんすべてを理解するのは難しいですが、ニュアンスは分かる気がします。

意味は少しちがってくると思うけど、ぼくは山を歩いていて、山にうまく溶け込むことができるというか、山との距離が狭まってくるようになると、歩いている自分を俯瞰で見ている「何ものか」を感じるようになります。

その時間がさらに長くなってくると、「何ものか」が自分になってしまうんですよ。
自分を自分が俯瞰で見ている。
さらに進むと、もう主体と客体がひっくりかえるというか、ごちゃまぜになっちゃうんですよね。

ま、これも人に話せば「はぁ?」は間違いないので言ったことはありませんが、当の本人にとっては、けっこう幸せな山の時間です(笑)。


 > いつかパートナーの存在もめんどうになって

フ、フリーソロってことですか!

>フ、フリーソロってことですか!

まあ、そういうことです。限られたエリアで、出来るかぎり…と言うことですが!。

ちなみに、この↓ような文章を書いています。

http://nature21.exblog.jp/11180211/

もはやため息しか出ない世界です。

ぼくはあまり後悔をしない性質ですが、六甲山のそばで生まれ育ち、六甲山で遊びまわり、身近に何人もの先生がいたにもかかわらず、みんなでわいわいボルダリングするだけで、体系的に岩登りを学ばなかったことには、思い返すたびに「自分にガッカリ」してしまいます。