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2009 - 9 /27
赤い夜明け:ニセコアンヌプリ ナイトハイク
雨上がり。快晴予報。850hPaでの暖気流入。
高湿度。放射冷却。逆転層。
これだけの好条件がオフの日に予測されるなんて、そうめったにあることじゃありません。
雲海を見るために。
それも夕方ではなく、朝の雲海を見るために、ナイトハイクでニセコアンヌプリに行ってまいりました。
ナイトハイクって、写真が撮れないのね、当然だけど。
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登山道に入って数分、五色温泉の明かりが見えなくなると、もうすっかり闇の中です。
腰につけたハンドライトと、ヘッドライトを両方点灯すると、半径5mだけは昼間のように明るくなります。
だけどもこれじゃ、せっかくのナイトハイクが興醒めなので、ヘッドライトを消し、ハンドライトはいちばん暗くして登り始めました。
頭上を覆っている木から、音もたてずに葉っぱが落ちてきます。
ライトが照らすせまい視界に突然侵入されると、それがただの葉っぱなのに、ドキリとしてしまいます。
ずっと後をつけてくるのはいったいなにものか。
目からの情報があまりにも少ないと、明るいときには気付かないような小さな物音にも、からだは敏感に反応します。
昼間なら「気配」としてしか捉えられないものが、この暗闇でははっきり動物の「足音」と認識できるのです。
正体は子供のキツネたち。
暗がりの奥でまん丸の目がキラリと光ります。
ぼくがわき道にそれると、彼らもこちらにやってきました。
アンヌプリの登山よりも、ぼくに興味があるようです。
見返り坂との合流点をすぎれば、もう高い木はありません。
見上げると、昼間に雨を降らせた雲の層が、すごいスピードで東へ流れていきます。
ゆっくりと空がひらいて、星が見えてきました。
ほんとうに幕が開かれるようにして、星空が見えてきました。
歩くのをやめライトを消すと、あたりは一瞬にして闇につつまれます。
少したって暗さに目が慣れてくると、昼間とはまったく違う山の風景が浮かびあがってきました。
真っ黒に塗りつぶされた山のシルエットのその上には、途方もない数の星。
圧倒的な物量の点光源が、暗闇を射抜いて地上を照らし、まるで宇宙に向かって登っていくような、不思議な感覚にとらわれます。
星明りのトレイルを登りつめて飛びだしたその山頂は、宇宙と地上との接点のような場所でした。
見あげた半球を埋めつくす星々にかわって、足もとには街の明かりや海を行く船の灯かりがまたたいています。
プレアデスとヒアデスの星団を追いかけるようにして、オリオンが羊蹄をひとまたぎ。

時刻は深夜0:30。
明朝の雲海を期待して眠りにつきました。
3:50。気温1度。
テントから出ると、ゆうべの星空はなくなっていました。
山頂一帯は重たい霧にねっとりと覆われていて、ほかに見えるものはありません。
うっすらと青みがかった霧が、朝が近いことを教えてくれるだけです。
とつぜんに、空気がおおきく動き始めました。
はたはたと、柔らかにテントをゆすっていた西風が、ゆっくりとちからづよく、山ぜんたいを押しています。
風が速くなり、霧が泳ぎだすと、そのすきまに走った光は、三日月と金星でした。
なんだ、そんなところにいたのかと、おもわず声が出ます。
ぼくが目を覚ますのを待っていたかのように、きれいさっぱり霧はとりはらわれて、Red Dawn のはじまりはじまり。
三日月と金星、雲海と羊蹄山、晴れわたった真っ赤な夜明け。
この日、この場所で、この時間にしか出会えない風景は、呼吸が止まってしまうほどの神々しさをたたえていました。
雲海のうえに顔をだした太陽が、地上のすみずみにまで光をとどけます。

冷たくなっていた石ころや岩が解きほぐされていき、世界が動きはじめる音がします。

テントに戻って二度寝を楽しみ、HEX3についた夜露がすっかり乾いたら、もう思い残すことはありません。

昨夜は闇のなか登ってきたトレイルを、まぶしすぎる陽射しに照らされて下山します。

ぽつぽつと何かが落ちてくるので見上げたら、よくばりっ子のシマリスが、ほおぶくろをいっぱいにして木の実を食べていました。

登山口に下りるころには青空は消え、雲海をつくっていた層雲は乱層雲へと変化し、ニセコの山々に絡みついていました。
まもなく雨が落ちてくるでしょう。
ついさっきこの目で見た絶景は、計算で得られるようなものじゃなく、天佑だったんだなという思いを強くして、家路につきました。
登山日:9月下旬
ニセコアンヌプリ(五色温泉コース)GPSトラック
ニセコアンヌプリ(五色温泉コース)断面図
投稿者 hamayo : 23:34 | コメント (14) | トラックバック
2009 - 9 /14
雨に泣いたことしの菜園
天候不順に泣かされた、もうそのひと言に尽きます、今年の庭は。
それでもようやく、秋風が吹き始めるころになってようやく、収穫にこぎつけました。
天候には左右されなかったけど、キュウリは収量が減りました。

品種の違いなんでしょうか?。
昨年のは、親蔓を伸ばし放題にしてても、子蔓もじゃんじゃん伸びていって大豊作になりましたが、今年のものは親蔓を摘心するまでまったく子蔓は出てきませんでした。
それと、昨年のは雄花・雌花は半々で出てきましたが、今年のものは、親蔓に付くのは100%雌花、子蔓に付くのは95%雄花という、すさまじくさっぱりした性格のキュウリで、この先の収穫は見込めないと判断し、引っこ抜きました。
多雨で苦労したのはトマトです。
露地栽培じゃ雨から逃げられませんからね~。
なもんで、今年は保温と雨よけのために、ビニールハウス風のものを作ったのです。

その労苦がトマトに通じたのか、どーゆーわけかメッチャ甘いです。

しかも、昔のトマトにあったいわゆる青臭さも大爆発で、収穫後も消えることがありません。
ここ数年食べた中では間違いなくいちばんです。
ミニトマトにいたっては果物級の甘さです。

じつはミニじゃない普通のトマトと勘違いして、ひたすら脇芽かきをしつつ育ててしまったのですが、ことしの天候不順にはそれがむしろ奏功したようで、6,7月の寡照期間の無駄な結実をセーブした形になったのかもしれません。
8月になって日照が戻ってくると、一度取った脇芽のところから再び脇芽がじゃんじゃん伸びだして、けっきょく大収穫になっています。
今年は庭のそこらじゅうのスキマに大豆を植えました。
エダマメですね。
雑草地帯に植えたものは、探すのがゆるくないです。

これも理由はわからないけど、すんごくウマいです。
「畑のお肉」ってよく言うけど、食べて肉を思い浮かべたエダマメはこれが初めてです。
農家の直売所で買ってきて、ウマイウマイと言って食べてたのと二つ並べて食べてみても、その差は歴然でした。
品種の差なんでしょうか。
ちなみに育てたのは「白老」という品種です。
ただ収量は極めて少なかったです。
バケツ一杯分くらいは採れると踏んでたのですが、ラーメンばち一杯くらいしか採れませんでした。
雨には泣かされたけど、勉強にもなった2009年の菜園。
来年はなにを植えようか、今から楽しみです。
投稿者 hamayo : 21:19 | コメント (8) | トラックバック
2009 - 9 / 6
オンネトーの青
いつか北海道を離れることがあったとして、北海道の中でもういちど訪ねたい場所を 1ヶ所だけ挙げてくださいといわれたら、真っ先にここを選びます。
訪れるたびに表情を変える湖面は、オンネトーのもっとも代表的な景観ですが、それはこの湖が持つ魅力の、ほんのひとつ。

それは文字どおり、湖のいちばん表面で起きている、ささやかな神秘です。
「本当の神秘は、目に見えるもののその奥にあるのです。」 湖底木はそう話します。

オンネトーとその森は、ここに住む多くのいきものたちと関わりあうのと同じようにして、旅の人間にも接してくれます。
いきものたちもまた同様に、森や湖とかかわるのと変わらずに接してくれます。

この森の王として、空をささえる巨木。
その身に刻んだ凍裂痕をとおして冬の厳しさを語るアカエゾマツも、ぼくを特別扱いすることはありません。

死者をつつむ衣のような、倒木をくるむ苔のやわらかさに、足をとめて、声をききます。

そんなみんなの優しさに、ぼくはいつもヤラれてしまうのです。
オンネトーに行くときは、必ず野営します。
湖からいちばん近い場所で、手を伸ばせば届くくらい近くで、湖と一緒に夜をすごし、そして朝を迎えます。

テントから見える夕景は、オンネトーが届けてくれた、最高のギフトです。

オンネトーを見おろす阿寒の山々にも、おなじ贈り物が届けられたようです。

最後の朝、湖をめぐる小径を歩いていると、ルリイトトンボたちが翅を休めている入り江がありました。

近くまでいくと、トンボたちはつぎつぎに飛び始め、道のおくへ向かっていきます。
どこまでも、どこまでも、ぼくが歩く先へと飛んでいきます。
気がつくとトンボたちの姿は消えていて、そこには岬へ続く細いけものみちがありました。
その道を歩いていくと、オンネトーの、ほかのどこよりも青い湖面があらわれました。

ここが特別な場所であることは、すぐにわかりました。
空のしずくから起きた青でもなく、森のしたたりがやどる青でもなく。
この青は、この湖の青は、あのトンボの青とおなじ青なのだと。
この夏、湖の奥でトンボがおしえてくれた秘密は、ぼくの大切な記憶です。
投稿者 hamayo : 19:52 | コメント (15) | トラックバック
2009 - 9 / 2
雌阿寒岳の、乾ききった土と空気
というわけで、大雪を越え、日高も越えて、阿寒国立公園までやってきました。
目的地は雌阿寒岳です。
もとはといえば、十勝岳テン泊縦走計画だったものが潰えて、こんな東まで逃げることになったのです。
なーんか去年の8月も同じようなこと言って青森まで逃げて、終始カッパ着っぱなしの大雨登山になった記憶がありますが、今年はそんな目には遭いませんよ。
オンネトー野営場を朝6時に発ち、足寄峠を越えて阿寒湖畔までおりて、荒れたフレベツ林道をずんずん奥へ。
今回は、阿寒湖畔コースから登るのです。
阿寒の森の中心部、まっすぐに天を突くトドマツの群れの中を縫って、ゆるやかなトレイルが続いています。

風が吹いても葉擦れの音がしない針葉樹の森は、海の底のように静かで、調律したてのピアノみたいに厳格です。
トドマツの森が高さを失い、硫気孔がポコポコ開いた斜面を登っていくと、前方に荒々しい岩峰が見えてきます。

剣ヶ峰と、中マチネシリ火口の火口壁です。
あれを越えないと、雌阿寒岳は見えてきません。
じっと我慢の登りを続けます。
剣ヶ峰の肩に乗ると、ようやく雌阿寒岳と阿寒富士がお目見えです。

山頂はまだまだ遠いけど、ここから先は視界360度ワイド・オープンの展望尾根歩き。
ここを歩きたいがために、わざわざ不人気な阿寒湖畔コースを選んだのです。
その尾根の上からは、液体、固体、気体、すべての相で水分が失われてしまったかのような、乾ききった光景が広がっていました
・中マチネシリ火口原と雌阿寒岳のパノラマ
QuicktimeVR版 (高画質)はこちらをクリック(944KB)
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月世界のようだとか、火星みたいだとか、砂漠のようだとか、荒涼とした風景を形容する言葉はいくつもあるけれど、そのどこにも行ったことがないぼくにとっては、どれもが的外れのように思えてきます。
強いて言えば、「死者の世界」という表現が近いかもしれません。
小ピークをいくつか越えて、いよいよ雌阿寒岳の本体と対峙します。

遠くから見るよりずっと堂々とした山体です。
山頂へ向けて、ザクザクの道をトラバース気味に登っていきます。
ロープが見えてくれば、あとはリムに沿って歩いていくと、山頂に到着です。

落ちたら最後。
まさに奈落の底を見るかのような、雌阿寒岳山頂からのパノラマをどうぞ。
・雌阿寒岳山頂からの、奈落をのぞきこむパノラマ
QuicktimeVR版 (高画質)はこちらをクリック(1054KB)
Flash版 (中画質)はこちらをクリック(1133KB)
ときおり風に乗って、喉が痛くなるほどの硫気がただよってきます。
地の底からは、うめき声のような噴気音が聞こえてきます。
正直言って、あまり長居したくなるような山頂ではありません。
しかも、これまで晴れたり曇ったりを繰り返しつつも何とか持っていた天気が、急速に悪化の兆しを見せ始めていました。
阿寒富士も、そして昼ごはんもあきらめて、早急に下山したほうが良さそうです。
山頂をあとにして20分後、あっという間に青空は黒雲に駆逐され、さらにおどろおどろしい景観に。

帰りはココで昼寝かなと考えてた、地平まで続く緑を遠望できるこの場所にも、まもなく雨が落ちてきます。

雌阿寒岳に別れをつげ剣ヶ峰を下りはじめると、完璧なタイミングで雨が降ってきました。
ハイマツ帯を抜けるまでは濡れるしかないものの、針葉樹林帯まで下りてくればカッパは不要です。
来るときは静かだった森が、少しだけ雨の音にざわめく中を、ゆっくりと深呼吸しながら下っていきました。
道内有数の濃密な針葉樹林帯から、荒涼とした火山地形の稜線へと短時間で駆け上がるこの山は、風景の変化ということにかけては
なかなかにドラマチックでした。
それともうひとつ、阿寒湖畔コースについていえば、とっても「軽やかな」トレイルでした。
簡単だとか、楽だとかといったものとは違う、軽やかなというのがぴったりです。
あくまで推測にすぎませんが、このルートはかつて硫黄採掘のために拓かれた古道なんじゃないかと思っています。
「尾根筋一直線」みたいな、登山のためだけに作られたトレイルとは、根本的に異質な道です。
自然の地形に逆らわず高度を上げていくトレイルは、人が歩くことに対して少しの無理も要求しません。
水が沢を流れ、風が山を渡るように軽やかに山を歩くことが出来るこういった道を、もっといっぱい歩きたいなと思いました。
登山日:8月下旬
雌阿寒岳(阿寒湖畔コース)GPSトラック
雌阿寒岳(阿寒湖畔コース)断面図



