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2008 - 2 /16
憧憬 チトカニウシ 壁を越えるということ
チトカニウシ。
それは遠い過去(といってもまだ10年しか経っていないが)、ぼくの中に小さな‘ひっかかり’を残した「憧憬の山」。
スノースクートで遊ぶことに明け暮れていた北見勤務時代、ぼくは毎週のように通いつめていた北大雪スキー場から見える真っ白な三角の山が気になってしょうがなかった。
スキー場からだと真北に見えるその山は互いの位置関係のせいで、晴れた日にはいつも木が生えていない山頂部が白く光っていた。
輝いていたと言ってもいい。
それがチトカニウシ。
どうして突然、ぼくはこの山に登りたくなったのだろう。
ガイド記事を読んだわけでもなければ、しらみつぶしに地図を探したわけでもない。
「兆し」と呼べるようなものは、どこをどう探しても見あたらなかった。
だけどそれはまぎれもなく10年前のあの日、ぼくの中のある場所で産声をあげ、長い間だれの目にも触れることなくひっそりと成長を続けていった。
暗い洞窟の奥で、ひとしずくの水が静かに岩を打つ。
小さな音に気付くものはいなかったが、それは地の底で反響し、共鳴し、振幅を強め、やがて速度を増すと風になって、辺りのものを巻き込みながら洞窟の出口へと走りはじめた。
それは地底湖の水を引き剥がし、不運なコウモリの群れを吹き飛ばし、いくつかの貴重な鍾乳石をなぎ倒し、そのたびに勢いを強めていった。
惑星の重力でスイングバイする探査衛星のように。
あとには真空しか残らないような圧倒的な力を持った風は、長い旅路の果てに出口にたどりつくと突然停止した。
そしてゆっくりと、それはぼくに語りかけた。
「あの山に登るのは、今しかない。」
越えられない壁
↓↓↓↓↓↓↓
ぼくは今回、目的地を 1258ピークに定めた。
憧れだけで山に登ることはできない。
チトカニウシまで行くかどうかは、そこで判断する。
旭川紋別道が部分開通し、その役目を北大雪トンネルに譲った北見峠は、今や通る車もまばらな寂しい峠です。
チトカニウシ山へのルートはここが起点になります。
北見峠。AM 8:30
この時点では一番乗り、だったはずなのに・・・。

車道脇の雪壁を乗り越えると、二つの峰を越えた向こうに、あのときと同じ白く光るチトカニウシ。
長い一日の始まりです。
再会チトカニウシ。
電波塔ピークからの斜面だけでもじゅうぶん遊べます。

電波塔ピークに登っても、1258ピークとの間にコルがあるため下らなくてはいけません。
体力を温存するために、電波塔直前までは作業道を歩いて、ヘアピンカーブとなるところから向きを真東に変えてコルを目指すルートをとります。
ところが歩き始めてすぐに、作業道は吹き溜まりの海に呑み込まれてしまい、激しく波打ち、もはや道がどこにあるのか判別できないありさまです。
しかたなく尾根通しに913ポコに上がり、尾根の北側に入って雪が少なくなった作業道を見つけ出し、再度下りていきました。
ヘアピンからコルへのトラバースは、有視界であるがためにかえって迷いやすい場所かもしれません。
ヘアピンがある場所は、950ピークから北西に短く伸びる尾根の一角に位置し、北東に延びる主尾根(境界尾根)を尾根であると認識するのが難しいです。
さらに北北東方向の目の前には、主尾根と平行に走る尾根様の盛り上がりが見え、一見するとそれが 1258ピークからまっすぐに降りてきてるように見えるのです。
また、今まで歩いてきたコースからほぼ直角に向きを変えるというのも、感覚的に受け入れづらいために迷いが生じやすいでしょう。
GPSやコンパスと地図を使ってナビゲーションすれば、とりわけ問題なるような場所ではないですが、それらを使ってもなお自分の判断が本当に正しいのか迷いながら、コルがあるはずの場所へ向けてラッセルを開始しました。
徐々に右側から尾根筋が現れて、コルのやや北西に到着。

主尾根はやや急な登りがあるため、さらに北西よりに進み、950m等高線を越えたあたりで主尾根に合流すると、そこにはなんと立派なトレースと先行者の姿が・・・。
今までのラッセルの苦労は何だったんだ。

ぼくが出発したのとほぼ同時刻に、白滝側の駐車場から入山したスノーシューのグループがいたのですが、彼らは分かりやすい尾根筋一直線ルートで登ってきたようです。
見通しの良い平らな尾根を30分くらい歩くと、いよいよ1258ピークへの急な登りが始まります。
始めから傾斜はきついものの、厚めのモナカ雪のおかげでシールを利かせながらぐんぐん高度を上げていきます。
しかし高度1100mをすぎたあたりから、雪質に明らかな変化が現れました。
固く締まった雪面にスキーはまったく沈み込まず、深雪用の巨大バスケットを付けたストックは虚しく表面を引っかくだけです。
直登ではシールが利かず、斜登行とキックターンを何度も繰りかえし、約1時間かけて標高差300mの急坂を登りきりました。
顔を上げると、チトカニウシが真正面に立ちはだかっていました。

登りきったその場所は、1258mの標高点があるだけの、なんの変哲もない丘の上でした。
ぼくが目的地にしていた場所は、ただの雪の丘にすぎなかったのです。
ここはぼくが目指していた場所じゃない。
ここで歩くのをやめるわけにはいかない。
ぼくが立ちたいのは、モンスターの群れの向こうに聳え立つあの白い頂だ。
急坂を登り終え、体中から噴きあがる蒸気が濃紺の空へのぼっていくのを見つめ、息を整えます。
ほんのひとくち水を飲んだぼくは、休憩をとらずに歩き始めました。
1300mを越えると傾斜はきつくなり、さらに悪いことに、雪は千歳の岩のように堅く、シールが滑るようになってきました。
3歩進んで2歩下がるというのはまさしくこのことだなと思ったけど、それでもぼくは止まるわけにいきませんでした。
振りかえると足がすくむ。
後ろを見てはいけない。

1258ピークを出て30分。
ラストワンピッチ。
ついにモンスターが姿を現した。
大きいものだと人の背丈の何倍にも成長する白い化け物は、距離感覚を麻痺させます。

すでに両方のストックを頼らなければ前へ進めないほどに凍りついた雪面。
それはもはや雪なんかじゃなく、白い氷でした。
慎重に踏み出したはずの一歩も、ほんのわずかな氷の突起に足をすくわれて、空しく斜面をずり落ちてしまう。
それでもぼくには、登ることしか考えられませんでした。
今ぼくを動かしているのは、地底湖の水を引き剥がしたあの風です。
あとには真空しか残さないあの風が、意思を持ってぼくを衝き動かしているのです。
最後の最後まで傾斜が緩むことはありませんでした。
疲れ果てて、足元だけを見て登っていたぼくは、急に正面から風が吹いてきたことで、もう山頂は目の前にあることに気が付きました。
12:08。
もうこれ以上登らなくていい。

これより先に高みはない。
すべてはぼくの足の下にある。
この瞬間と交換可能な価値のあるものなど、この世界に存在するはずがない!。
チトカニウシからの展望
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(1758KB;要Flash Player ver8;別窓で開きます)
いつまでもこの風景の中にいることはできない。
さらに困難な下りが待っている。
それを忘れてやみくもに登っていたわけじゃないけれど、白い氷の斜面を下るのは容易じゃありませんでした。
登っているとき一組だけすれ違った山スキーの男性は、ゴキゴキゴキと物凄い音を立ててぼくのそばに降ってきて、こう言いました。
「まったくサイテーの雪質だよ!
ぜんぜん話にならない」
そして今ぼくも、そのサイテーな雪の斜面をずり落ちながら、彼と同じことを考えていました。
ゴキゴキゴキ・・・。
スキーがこんな破滅的な音を出すのを、ぼくは今まで一度も聞いたことがありません。
でも先はまだ長い。
1258ピークをすぎ、急斜面に入る手前、ようやく雪が少しだけ柔らかくなったところで、昼食にします。
今日の料理はクッパです。

スープにご飯を投入してグツグツやる料理は、手軽だし温まるし食べやすいしで、これからの主力になりそうです。
こういった雑炊系の料理のバリエーションって、世界中にいっぱいありそうだし。
あるていど標高がある山特有の、藍色の空には一点の曇りもありません。
動いているものは何一つ見当たらず、時間が停止しているような錯覚を覚えます。
夢見心地の1時間半のあとは、コース中でも随一の急斜面が待っています。
まるで何かに祈っているかのよう。

結果は・・・。
想像してたほど悪いもんじゃなかったです。
いやむしろ、壁をひとつ越えることが出来た、そんな気さえします。
南斜面だけあって雪質はコロコロと変化し、そのどれもがまともな雪じゃなかったけれど、下まで見通せる延々と続く疎林のおかげで恐怖心が薄れ、いつもより大胆に飛び込んだのが良かったのかもしれません。
距離にして 1200mの斜面は、ボトム近くになってようやく優しい雪になりました。

ここまで降りてくればゴールは近い、はずだった。
ところが実はここからが、今回の行程で最も激しい消耗を強いられることになったのです。
それはとりもなおさず「登り返し」のせいです。
早めにシールを着ければ良かったのだけど、それは結果論です。
「行きに見たあの斜面やこの斜面も滑りたい」
その一心で、ハの字やニの字でがんばり、最後はスキーを担いで歩いたのです。
でも結局のところ、その頑張りに見合うだけの斜面ではありませんでした。
ま、そういうこともある。
這々の体でたどり着いた950ピークには、電波塔の長い影が伸びていました。
電波塔ピークの風景
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(1045KB;要Flash Player ver8;別窓で開きます)
16時ちょうど、北見峠について振り返ると、チトカニウシは夕暮れ色に輝いていました。

山高きが故に尊からず。
こういう山のためにある言葉だろう。
たかだか 1400mちょっとの高さしかない山だけど、スキー登山のあらゆる要素がここにはありました。
それは雪質や斜面といった滑降にかかわる要素だけでなく、展望、植生の変化、ルートファインディング、そして歩くことの面白さといった、山にあるすべてです。
スキーの滑降に重きを置くなら、この山は頂上まで行く必要はないかもしれません。
1258ピークでじゅうぶんでしょう。
でもそれではやはり、決定的に何かが欠損していることに気が付かないフリをして下山することになると思います。
ピークに立つことにこそが意義があるなどとは毛頭思わないけど、登山において頂上に立つことは、シンプルでありながらも正義のあるべきひとつの姿です。
ま、そうはいっても今回のパーフェクトな山行は、徹頭徹尾この弩級の快晴がもたらしてくれた僥倖であることは疑いようがありません。
ひとつ問題があるとすれば、ここまで満たされた山旅を経験してしまうと、しばらくは山に出掛ける気が無くなってしまうことかな。
投稿者 hamayo : 2008年2月16日 22:06
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GPSトラック図で見るとチトカニウシはすごく急斜面の山ですね。
それが凍っているのに降りてくるなんてすごいですね~。
私も今年は冥途の土産のつもりで40年ぶり2度目のスキーに行きましたが、体力がなく足をハの字にキープできなくて全然滑れず、平らなところで遊んでいました。まず足の筋肉を鍛えなくては。
パノラマ写真もぐるぐる回っておもしろいですが、サムネイル写真もhamayoさんのはお洒落で素敵ですね。
奇麗な景色ですね。
僕は何一つ汗もかいていませんし、筋肉痛にもなっていま
せんが、このような奇麗な光景が見れるのなら挑戦してみ
たくなりますが、ぼくのような「にわか・・・」は自然の
神様に足蹴にされて泣いて終わりのような気がします。
自然の懐の深さが写真を通じて解ります。
今回、僕が一番好きな1枚は「ばけものごっご」です。
to 水仙さん
> チトカニウシはすごく急斜面の山ですね。
断面図の方を見ておっしゃっているのであれば、あれは x軸とy軸の比が 1:1じゃないので、ものすごく峻険な山に思えるんです。
だけどたしかに山頂直下の斜面は、急なうえに凍りついていたこともあってかなり手強かったです。
この部分は滑るって言ってもずーっと横滑りですよ。
横滑りだけは得意なんです。
「得意料理は目玉焼きです」ってくらい何の自慢にもならないですが・・・。
40年ぶりのスキーってのはすごいですね。
最近のカービング板でプルーク姿勢をキープするのって、なんとなく大変そうなイメージがあるのですが、実際どうなんでしょう。
ぼくが腸脛靱帯炎でドクターに見てもらったとき、スキーや登山のためにピッタリの、ウォーキングランジを教えてもらいました。
筋肉を鍛えるだけでなく、関節がものすごく柔らかくなるんですよ。
とくに股関節が。
オススメですが、無理はしないで下さいね。
> サムネイル写真もhamayoさんのは
> お洒落で素敵ですね
そう言っていただけると、新たにコードを書いたぼくも喜びます。
to バオヤッキーさん
天気にさえ恵まれれば、冬山であってもそんなに苦労しないで行けてしまうんですよね。
むしろ意地になって山頂までスキーを履いて登ってしまうぼくのようなタイプの方が、かえってえらい目に遭うような気もします。
最後の 200mの登りはスキーを脱ぐべきでした。
> 僕が一番好きな1枚は「ばけものごっご」です
Nikon D40 を買われたとき、Nikon Nice Shot って冊子(っていうには豪華すぎるけど)が付いてきませんでしたか?。
むかしFAを買ったときに貰った Nice Shot の表紙が、たしかあんな感じの写真だったんですよ。
それのマネっこです(笑)。
相変わらずプログレなイントロの好きなやっちゃで。
あー、この山容はトンネル抜けたら見えるっけなー。
標高差600mに距離が約10kmは数値的にはMETAでも可能やけど、これだけの標高になるとキツイわな。
ピークからはさすがに1500mを越すお山がゴロゴロしてるだけにごっつい迫力やんけ。
上がってきたルートの左手が北大雪で右手が手塩山系か?
あっ、よう見たら旭川紋別自動車道も見えてら。
今年はまだ1000m超すお山を踏んでないさけー、3月になったら日勝峠にでも行って高山気分味わおーべ。
ところで・・・オサーン、ストックが何かリニューアルされてるんですけど・・・。
前半が上がってるんかどうか分からんくらい平坦なだけに、後半のいきなり「カックーン」て急になってからがキツかったなぁ。
まぁ斜度うんぬんより、やっぱ標高の高い南斜面は予想どおりガリガリ君よ。
メタでもテレでも同じやわ。
1258ピークより上は小型のスノーシューかアイゼンが主役の世界ですな。
山脈の中にある山やないから見晴らしの良さは格別やったけど、サロマ湖の向こうに流氷が押し寄せてきてるんが見られたのは、最近の中ではかなり涙ちょちょ切れな風景やったわい。
日勝峠もそろそろ積雪じゅうぶんやろうて、シーズン最後のパフ雪を味わってきてくれたまえ。
ストックは会社からの借り物ですわ。
TSLの安モン。
重量はレッキッポより50gも軽いのに、手に持つと振りが重くてめっちゃ疲れるねん。
所詮はフレンチクォリティか・・・。
どーも、こにゃにゃちわん。
うひょひょひょひょひょ!チト何ちゃらスゲーよスゲー!
白い化けモンが、厳しい自然環境を物語ってて、すんばらしーっすわ。
こいつは真のアルピニストだけが味わえる世界ですな~
おいらのようなエセアルピニストなんぞは所詮、夢のまた夢。
イイモン見させてもらいました~
と、ところで、ずいぶんと画的に青空ばかりだけど全部はめこみ合成なんでしょ(爆)。
hamayoさんの眠っていたバケツパワーに乾杯!
そして、チト何ちゃらの大自然に乾杯!
kacchinさんこんばんわ。
まさか頂上まで行けるとは思ってなかったんですよねー。
1258手前の急坂を登り切ってランナーズハイ状態になってたところに、モンスターの群れがドドーンだったもんだから、エンドルフィンパニックで登ってしまったって感じですね。
いつ晴れ間が遠ざかるか、いつ雪が降り出すか、ってつねにビクついてましたよ。
なんせ子爵だし。
> 全部はめこみ合成なんでしょ
そらデンコードーの「ちらし」やがな。。。
もうちょっと雲を書いたほうが良かったかな?