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2007 - 10 / 1

ブロッコリーと芽キャベツ(5)

 
明け方には気温がヒトケタにまで下がるようになった山の中の我が家。
ようやくにして芽キャベツの収穫をむかえることが出来ました。


早生品種なのでもっと早くに採れるかと思ってたんだけど、「定植後90日」が目安ということなので、6月下旬に定植したことを考えれば、まーこんなもんなんでしょう。


DSC_0710.jpg
 
 
 
じつは9月に入ってから、フタトガリコヤガの幼虫が大発生してしまい、あと一日発見が遅れてたら全滅していただろう、というくらいの被害を受けました。
フタトガリコヤガは本来、オクラなんかのアオイ科の葉を食べるはずなのですが、どういうわけか芽キャベツの株に大発生し、みるみるうちに葉を食べ尽くしていったのです。


さらに、根絶したはずのダイコンアブラムシが再度大発生し、葉の表面はまるで雪が降ったかのように白くなり、みるみる萎れていきました。
夏の高温傾向がなかなか治まらなかったのがひとつの原因かと思います。


毛虫にしろアブラムシにしろ、そこまで大発生してしまうと、もはや「防除」などといってられはしません。
やれ牛乳がよいだとか、木酢液がどうのなどというのは、もっと前の段階で効力を発揮することでしょう。


ここまでくれば、手作業しかありません。
まず、あまりに大発生している葉については、切り落としてしまいます。


そして、アブラムシがびっしりこびり付いた葉の表面を、手で挟んで揉むようにして潰していきます。
そのうち手の中でアブラムシの御団子が出来上がります。


毛虫のほうはハシで掴んで、小屋の下に棲んでいるカナヘビの家族のエサにします。
また後半戦では、野鳥が一日にしてこの毛虫の大半を食べ尽くしてくれました。


そんなこんなで、ようやく食卓に上がることになった芽キャベツ。
とりあえずブロッコリの測花雷といっしょに、グラタンにしていただきました。
DSC_0716.jpg
 
 
 
収穫までの苦労もあってか、ハンパなく美味しいです。
カレ・ラースンの本に、UCLAの調査によるとアメリカのスーパーで売られてる芽キャベツにはビタミンがほとんど含まれない、というようなことが書いてあったけど、今ぼくが食べているこの芽キャベツは、滋養のミートボールのような深い味がします。


有機栽培の芽キャベツとそうでないものとの差は、他のどんな野菜よりも大きいんじゃないかな。
キャベツ1個分のうまみが、この小さな一粒にぎゅっと凝縮されているといわれても、信じてしまいそうです。
野菜のおいしさを言葉にするのってなんか難しいけど、本当の芽キャベツを、きょう初めて食べたような気がしました。

投稿者 hamayo : 2007年10月 1日 20:58

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コメント(2)

自家製野菜も見事に役目を果たして胃に収まったようで
すね。

僕の実家でも母が大根、タマネギ、茄子、ニンジン、万能ネギ等色々栽培しているようで朝食の味噌汁の具として僕が調理してていました。

自分で自炊するようになって特にですが、野菜(食材)は買う物だと言う意識が頭にあり、畑に採りに行くなんて選択肢として無くなりつつあったので「あっ、タマネギがきらしちゃってるや・・・」って時でも裏の畑に行けば植わっていたりする訳で、チョットしたカルチャーショックを受けました。

今はあまりにも簡単にモノを買うことができるので、そのモノを自分の力で生み出して手に入れるまでに必要なエネルギーというものを、なかなか実感できなくなってしまいましたね。

味噌汁の具を裏の畑にいって採ってくるというのは、野菜はスーパーで買うもの(現金との交換で手に入れるもの)だと考えている(ぼくも含めて、日本人の多くがそうでしょう)人たちにとっては、思考のスイッチを二つ三つ入れ直さないとうまく映像化できないような、かなり素敵な作業ですね。

「自分の体を作るものを自分で作る」
結局ぼくは野菜を育てているのではなく、自分の体を育てているんですよね。